Darkness of mind

水玉物語#077フォーエバーランド
二人は
恋をすることに
少し疲れていた
 そう、きっと私たちは、誰かを好きになって、相手も好きになって、未来に永遠に続かない恋に、一瞬めまいがすることに、疲れていました。

 なので、そのサマーハウスはそれらのことから逃れて、夏を過ごすのには最適だと思い、イザベルとナタリアの二人は、トランクに気楽な服を詰めると汽車に飛び乗ったのでした。

 けれど、二人は早々に郊外の澄んだ空気の下を駆け回るのにも飽き、サマーハウスの開け放った大きな窓にもたれて、ぼんやり窓の外を見てすごすようになりました。
 それにしても、窓の外に広がる深い森は興味深いのです。そこはまるで小劇場でした。特に夜には、真昼は隠れていた動物たちが現れ、夜の黒い闇に包まれた世界が始まります。二人は勝手な想像を重ねて、暇を持て余して過ごしました。
「僕は森の見張り番。夜の森を侵すものは何人たりとも許さない」
「この大きな金色の目で侵入者を厳しく見張ろう」
「さあ、君たち我らの夜を迎えようではないか」
 
 そう、夜の森はフクロウたちのものでした。森の一番高い枝に止まった、金色の目ととさかを持ったフクロウが夜の幕をあけます。彼は強く賢く真摯であるけれど、ひとたび森を侵すものがいれば、その鋭い爪と嘴の餌食となるのです。こわいこわい。
二人はふとドキッとしました。私たちも見張られているのかしら?と。でもどうか見逃して、私たちここでこうして何もしないで、疲れた心を癒しているだけなの。
 その森の小劇場に決定的に物語が始まったのは、そのピンクの羽を持つかわいいフクロウがやってきたことでした。金色の大きな月を背に、淡い色をした羽を広げ、ふわりとやってきて、一本の枝に降り立ったフクロウ。その登場はあまりにも劇的で、レコードから流れる古い恋の歌がこれまたマッチしていて、もうすっかり、心が吸い込まれてしまったのでした。

 ピンクのフクロウは、まっ暗い闇の世界に現れた、主演女優。ハート形の顔に赤いつんとした口ばしを持ち、白とピンクの美しい毛並み、細いガラスでできたような足と大きなルビィの目。その姿に目を奪われたのは私たちだけではなく、森の一番高い木に止まり、森を見張っていた金色の目のフクロウも同じだったようです。

彼は(推測)彼女に(推測)一瞬で恋をしました。あまりにも劇的に、あまりにも逃れようもなく、恋をしました。
「ああ、ほら、やっぱり恋が始まってしまった」
「そう、やっぱりこんなに遠くの森まで来てもまた恋」
 私たちはため息をつきながらも、退屈を埋めてくれる、これからはじまる新しい恋(推測)に胸を躍らせました。

 ところが二匹はしばらくしても、互いを視界の端に確認する程度で、離れた木の枝から動かずにいました。
「すぐに、近づくと思ったのに。どうして動かないのかしら?あの勇敢な男の子が彼女の元に駆け寄って、君はどこから来たんだい?僕は一目で君に恋をしてしまったって、言うはずなのに」
「フクロウは臆病だから?」
イザベルは首をすくめました。
「でも近づかないで見つめ合うだけの方がいいこともあるかも。近づかなければ恋は永遠だもの」

 ナタリアは首をかしげました。何かを思い出すように。
「でも、近づかないではいられないのよ。恋とはそういうもの」

 二人は窓枠に頬杖をついて、二匹の行方を見守りました。じっと動かない二羽の、男の子(仮に名前をスチュアート)女の子(ジル)の周りに他のフクロウたちが集まってきました。スチュアートには彼の取り巻きの女の子たち、ジルにはやってきた可愛い女の子に群がる男の子たち。二羽は互いを意識しながらも、大勢の中でそれらしくふるまっていました。

「わかったわ。二人は妨害に会うのを恐れているのよ。フクロウには厳しい掟があるんだわ」
「どんな?」
「例えば、新しく来た女の子を独り占めするなら、すべての男の子フクロウと決闘しなくてはならないとか」
「きっと、彼なら圧勝よ」
「そっか。でも彼は戦いたくないのよ」
「どうして?」
「彼女を悲しませるとか?森の秩序を乱すとか?」

さあ、それはどうかしら。

 あまりにも深く恋に落ちて、それなのに、言葉も交わさないなんて。妨害されるとのとどちらが辛いかな。じっとしていればその燃える想いは静まって、やがてどうなるのかな?

 ため息をつきながら見ていると、次に二羽は不思議な動きを始めました。ジルが枝から枝に飛び移り、それを少し遅れて追いかけるようにスチュアートが飛び移り、今度はスチュアートがいた枝にジルが飛び移る。近づかないまま追いかけっこしているのです。

「ほら、気持ちが抑えられないの」
「かわいそう」
「私は一番好きなひととは結ばれないって知っているの」
「僕には森を守る役目があるのだ」
「そんなところかな?」

イザベルは新しいお茶をいれて、窓辺に座り直して言いました。

「そしてこのままいつか想いが消滅するなら、悲しすぎるな。私は、恋につきものの困難の方がずっといい。みんなに嫌われて森を追われるようなお話。どちらかの気持ちが変わるとか、無くなるとか、その方がずっと嫌だわ」
「でも、どちらにしても結ばれないじゃない?ただ普通にハッピーエンドになればいいのに」
ナタリアはビスケットを一口かじりました。
「そうなんだけど、それを素直に信じられないの」
「そうね。一度結ばれてもそのままは続かないもの」
 どうして、私たちはいつの間にかそんな風に思うようになっちゃったのかな。昔はただ好きになったら、想いを伝えて、向こうにも好きになってもらえならそれでよかったのに、恋は厄介にもそれだけでは終わらない。フクロウたちはそれを知っているのだろうか。

「これからどうなるんだろう?」

私たちはこの夜みたいに疲れていて、想像力が欠けている。どうして永遠の恋を信じられないの?と、自分に言い聞かせるけど、お砂糖の魔法はもう効かない。

フクロウさん。できるなら、私たちに見たこともない、思いつきもしない、ハッピーな結末をちょうだい。
 それは、明け方でした。
 もう眠くなって、あくびが止まらなくなった頃、突然、森から美しい調べが聞こえてきました。フクロウたちが歌っているのです。スチュアートとジルがまっすぐに空を見上げて、綺麗な声でメロディを歌い、他のフクロウたちがコーラスをして二人を盛り立てています。それはそれはとても綺麗な、夜も森も月も闇もすべてが溶け合った恋の歌でした。

 私たちは眠気も忘れて、目を大きく開けて、その歌に身を投じました。大粒の涙が溢れて、私たちの疑いや憂いや疲れを洗い流してくれました。一瞬で。

 そうだよね。恋することは綺麗なもの。この世界に綺麗なものがあるその証拠。消えてしまうはかないものであっても、私たちの気持ちの中に、誰かを好きになる綺麗な部分がある証。

それはこんな風に世界に響き合う。

ありがとう、フクロウさんたち。こんなに大きなフィナーレ。感動しちゃったわ。暗闇に潜んだきらめきを思い出した二人の心は、全身の羽を膨らますフクロウたちみたいに膨らんで。

帰ったら、また恋をしようと思いました。たくさんたくさん恋をしようと、思いました。

世界がきれいな歌を
歌うために