永遠の放課後

水玉物語#058千年街
胸元から
取り出した
私の永遠
 私は一枚の絵を描いていました。絵の中には三人の少女がいました。彼女たちは仲良くで黄緑色の風景の中に持たれ合っていました。
「永遠って何かしら?」
「終わらないことでしょう?」
「いいえ、ずっと続くことよ」
「同じことのようだけど」
「違うわよ。終わらないことと、ずっと続くことはまるで正反対」

「ちょっと待って、こんな時は」
その少女は鞄の中から古びた小さな本を出した。それはよく使いこまれた辞書で少女の宝物でした。
「また出た、君の辞書」
「なんでも辞書を引くんだから」

 二人がからかっても、少女は気にせずにページをパラパラと捲りました。
「えいえん。えいえん・・・あった。なになに」

 しばらく文字を目で追っていた少女が、ハッとしたように顔を上げ、パタリと辞書を閉じました。
「すごいことが書いてあった」

「なになに?」
 二人は頬を少し赤くした少女に寄り添って耳を傾けます。

 私は筆を置くと、温かい紅茶を淹れてソファに座りました。差し込む光が暖かく、うとうと夢を見ました。


 あの頃、私にはエマとシャルロットという、仲のよいクラスメイトがいました。私たちはいつも一緒で、放課後になると誰もいない教室で、他愛もない会話をして過ごしていました。それだけで他に何もいらないような気持ちに包まれました。でもこの今は永遠のようでやがて過ぎ去ってしまう、と気づいたのは秋が来た頃でした。

 私たちは次の春には卒業です。永遠に続くと思っていた日々は終わる、そう思うと胸が苦しくなりました。きっと、これからだって楽しいことはたくさんある。新しい出会いもやりがいのあることも、恋もするでしょう。でもそれはこの今とはきっと何かが違うと感じるのです。
 
 私たちがその思いを持て余していると、風変わりな先生が教室にやってきて、言いました。
「この辞書で気になる言葉を引いてごらん?」
彼はいつも遠くを見ているような不思議な目をしています。
「なぜ?」
シャルロットが聞くと、
「いまのその気持ちを残すために」
と、先生が珍しく先生らしい顔をして言ったので、三人は首をひねりつつ、その小さな古びた辞書を受け取りました。
ここでまだまだしたいことが
永遠にあると思えるのです
 その日からも放課後、私たちは教室に集まって、いつものように過ぎていく季節を眺めていました。そういえば、あの先生のくれた辞書で私たちは何を調べたのでしょうか?

 そう、あの日は、「見て」と窓を開けてエマが言い、白い息を吐いて外を見ると雪が舞っていました。
シャルロットがそれを見て、
「そうだ、辞書引いてみよう」
と言い出して、私たちは最初に「雪」と調べ、次に「卒業」と調べ、最後に「永遠」の言葉を探しました。

そこにはこう書かれていました。

「永遠-どんな夢もかなう奇跡の瞬間」

 私たちはその言葉を飲み込んで、何度も何度も頭の中で繰り返しながら落ちてくる雪の結晶を眺めました。
 
 やがて、暖かい春を思い出す頃、卒業が近づいた私たちは、不思議な目をした先生にその辞書を返しました。
「役にたったかい?」彼は言いました。
 三人は肩をすくめて「たぶん」と答えました。
「それはよかった」と先生はにっこり微笑みました。

 三人はスカートの裾を持ち上げ、すましてお辞儀をしました。
先生、私たち
うまく願うことが
できなかった
でも精一杯
イメージしたのよ
この幸せだった今のこと

 
 つかの間の夢から覚めると、私はその絵を描き終え、素足のまま庭に出ました。
 空を見上げると雲間から光がこぼれ、私の胸元を照らしました。私はそこに両手を重ね、じっと目を閉じ耳を澄ませました。

 彼女たちはその中で今もおしゃべりしています。誰かのことを憎むでもなく、何かを自分のものにしたいと思うのでもなく、些細なことに目をキラキラさせて、ただ、今この瞬間がずっと続いてほしいとだけ、願っています。

 あの頃の私たちは無力で非力で、永遠の夢など願えなかったけれど、今の私にはできるはずです。誰も傷つけない、争いを産まない、本当に楽しい夢を願うことが。今も私たちの願いを叶えてくれる、その場所はこの胸の中にあるのだから。

「ねえ、できるよね。私たちなら」

永遠は魔法
どんな夢もそこでは
光り輝く