Strawberry Milk

水玉物語#064サーカスシティ

一瞬で
甘い気持ちになる
それは何?
 ジェマには長い付き合いの恋人がいました。名前をルカといいます。ジェマはルカと小さな窓から見える景色のよい部屋に暮らしていました。ルカはいつも調子がよく周りの人を楽しませる名人でした。もちろんジェマにもいつも優しく、彼女に悲しいことがあったときにはさりげなく、テーブルに好きな花を飾ってくれるのです。

 そんなルカはいつもたくさんの男の子や女の子たちに囲まれていました、ジェマはそれがなんだかおもしろくなくて、ルカに時々冷たくしてしまうのです。でも彼は一向に気にせず、紡ぎだす言葉たちはまるで美しい詩のように、本当の気持ちを煙に巻いてしまうのです。

ジェマはほんとうのことを言えば、ルカともっと近づきたいのです。こんなに長く一緒にいても彼の心はどこか別のところを見ているようで、悲しくなるのです。

「それが恋というもの」

 ジェマは窓辺に座ってため息をつき、紙にペンを落としました。彼女はお話を書いています。でもそれは長い時間がかかりました。書きたいことがあるのだけど、それは書こうとすると面影だけ残して、消えてしまうからです。でもようやくあと少しで完成するところでした。
 ルカはいつも君のその本が僕らの新しい世界を作ってくれる、と楽しそうにいいました。ジェマはそれを彼のやさしさだと思ったけど、苦しい気持ちになることもありました。
目を閉じるとすぐそばにあるものに
手が届かないの、どうして
 ある日、ジェマは噂を耳にしました。不思議な一座が街のどこかで秘密の公演をしているというのです。それはあまりに素晴らしくて、そこへ一度足を踏み入れたものはもう二度と同じ世界には戻れない、と。ジェマはそんなのでたらめよ、と笑って流したけど、とても気になりました。

 そんな時、二人は些細なことから喧嘩をしました。ジェマが長い間かけて書き上げた物語は自分で読み直してみると、あまりにも意味のないものに思えたのです。慰めてくれる美しいルカの言葉に余計に悲しくなりました。

「あなたなんて、たくさんの女の子たちのところにでも行ってしまえばいいんだわ」

と、置手紙を残して家を出ました。
 
 家を出たジェマはどこへ行こうかと考えて、そういえば悲しいとき、一人でいたことがないと気がつきました。悲しくなったときや行き場がないときはいつもルカが、さりげなく現れて彼女の気分をどこかへ運んでくれたから。
 ルカは誰にでも優しくて、他の人にも惜しみなく優しい言葉を贈ったけれど、彼はただ公正なだけ、知っているわ。

 でも今はまるで迷い込んだ霧のように、何も見えない。

 行くあてもなく通りを歩いていると、一枚のチラシを拾いました。それはあの謎の一座の公演のチラシでした。ジェマは広場の噴水に腰掛けて、そのチラシをじっと見ました。

”Strawberry milk”

それが一座の名前らしく、心を揺さぶるような大きな赤いイチゴの絵が描かれていました。

ほんとうにここへ行ったら同じ世界に戻ってこられないのかしら?まさか、そんなことがあるはずない。そんなに素晴らしいものがあるのかしら?でもほんとうにあったとしたら、どこへ行っちゃうのかしら?

不思議な気持ちでしばらく空を見あげました。曇り空、今にも雨が降り出しそう。

 裏面を見ると、地図があって、ここからすぐのようでした。ジェマは無意識にそこへ足を向けました。

ここだわ。

長い階段を地下へと降りていきます。細くて長い階段、地の底まで降りていくような長い階段。その奥にある秘密の扉。

 ジェマは扉の前まで来ると、怖くなりました。どうしてこんなところに来てしまったのかと。ルカはいつだって私が寂しい時にはそばにいてくれた。彼の心がどこにあるのか不安になっても、その優しさはいつも温かくて安心したの。

 そう思ったら、八つ当たりで喧嘩したことや、ルカともう会えないところへ行ってしまおうとするなんて馬鹿げている。と座り込みました。

 帰ろう。私にはこの扉は開けられないわ。

 そう思って、階段を登ろうとした時、そっと扉が開き、すっと中から伸びてきた手がジェマの腕をとって、中へと引き込みました。驚いてジェマが声をあげそうになると、その手の主はひとさし指を彼女の口に立てました。

それはルカでした。

「ようこそ、新しい世界へ」
ルカは嬉しそうに言いました。
 甘い夢を見るように、私たちは勝手に推測し結論を出し、時に少しずつずれていく。でも本当に好きなものを目の前に見たとき、それは一瞬で、すべての答えとなる。

 こんなにも恋に落ちてしまった私は、どちらにしてもここから、逃げ出すこなどはじめからできないのだ。そう思って、ルカと心から笑いあった。

甘いいちごを
ミルクに落として
恋をした