銀色の雪

水玉物語#068 フォーエバーランド
考えるより早く
私はあなたになりたい
 私はその夏から冬にかけて、ほとんどの時を眠って過ごしました。

 長い眠りから目が覚めると、ぼんやりと窓から外を眺めました。丘に広がった黄金色の草原。その周りをぐるりと囲む深い森、群れから外れたように丘の上に立つ一本の木。季節は少しずつ変わっていきます。

 心の時計が動くのをやめてしまってから、眠りは深く浅く、目が覚める時刻は不規則でした。けれど、どんな時でも窓の外の景色はそこにあり、光だけが違って見えました。定点観測しているみたいに。

 丘には森からいろいろな動物たちが出てきます。うさぎやリスやキツネやアライグマ。空には鳥たち。みんないそがしく冬支度を始めました。その中で、何より私の心を奪ったのは、いつも一匹で堂々と優雅に歩いている雌のオオカミでした。私は彼女のことを視界の中に確認するとき、今という重たさを忘れ、夢中になりました。

 私はオオカミに私と同じ、ユキという名前を付けました。
 いつしか私はユキが野にいる時だけ目を覚ますようになりました。なぜだかわかるのです。夜には月の光を浴びて、真昼には血なまぐさい牙を見せて、時に獲物を追いかけて、あるいは咥えて、空高く遠吠えをする。私はたぶん、夢の中でもユキの夢を見ていたに違いありません。

オオカミは
まるで雪が降るように
鋭い牙や爪や嗅覚を持ち
目の前に獲物がいれば、
考えることもなく
足で地面をけって
襲い掛かるの
 私はその時、きっと生きるために一番大切なことを失っていました。だからそんなことを取り留めなく考え、日増しに眠る時間だけが増えていきました。
 ある日、見舞いに来た幼馴染の彼が、
「オオカミが人を襲ったので、街はオオカミを殺すことにした」
と言いました。私は驚いて話の詳細をせがみました。

 今夜、街の男たちは銃を持ってオオカミを殺しに行くというのです。
「待って、彼女はそんな子じゃないの。わけもなく人を襲わない。やめるように言って」
 私はベッドから起き上がると、声高く彼に言いました。彼は眉をしかめて、
「そんなことできるわけがない。君がオオカミの何を知っているというのだ」
といぶかしげに窓の外を見ました。

 彼の目には見たことのない光が宿っていました。獲物を狙う野生の目です。不謹慎にも私はその目がきれいだと思いました。

 私はベッドの中でじっと祈りました。どうかユキが男たちの手にかかりませんように。追手をしなやかに交わし、森の奥へ身を隠しますように。

 
 やがて丸く大きな月が昇る頃、その下に照らされた草の上を、お腹から血を流したユキが丘の上まで歩き、ゆっくりと倒れました。私は驚いて身を起こし、窓に張り付いてその姿を見ました。

 ユキは銃で撃たれたのです。そして血を流し、息絶えようとしているのです。

 もうじき雪が降るのに。きっと雪が降るのに。

 その瞬間、私の何もない空っぽの飢餓の心から、激情が噴出して、怒りとも悲しみとも希望ともつかない、抑えられない衝動が全身をめぐるのを感じました。私はベッドから飛び降りて上着を羽織ると、外に走っていきました。

 私は息を切らし丘を駆け上がり、ユキのそばまで行くと、その青灰色の躯体のそばに座りました。ユキは思っていたよりずっと大きく、長い手足を持っていました。その体から血が流れ、荒い息をする口から、赤い舌と鋭い牙がのぞいていました。ユキはかすかに目を開けて、私を見ました。私も泣きながらユキを見つめました。

 私はユキの体に耳をつけて、ゆっくり死んでいく鼓動を聞きました。ユキが息を吐くごとに私に中に何かが流れ込んでくるのを感じました。悲しみや罪の意識と反対に、全身に力がみなぎっていくのを感じました。

 とめどなく涙が流れ、その代わりに熱いものが私を満たしました。これが私が求めている、生きることだと思いました。涙を流しこの命を使い切るために生きたいの。あなたのように。

 そろそろ雪が降り始めるでしょう。

 それは一面を銀色にして、私は新しい一歩を踏み出すでしょう。 

私は野をかける
この力の限り
もう迷うことなく