水玉物語#057千年街
四季家の女の子は 季節のように 恋をしました
四季家には四人の姉妹がいました。桜、葵、桃、末娘は菜々といいました。四季家では女の子たちは優しく、季節を運んでくる風のように、恋をして愛する人を見つけることが、何より大切なことと育てられました。そして季節の風が吹く頃、上の二人は嫁いでいきました。末娘もいがみ合ってばかりのお隣の男の子と、やっと素直になって結ばれたところです。けれど三女の桃だけが恋にも異性にまるで興味がなく、男の子と話をしたこともほとんどないのです。
桃はあまり外に出ず、使っていない離れにドールハウスを並べて、そこに小さな家具や小物などを作っては並べ、自分の世界で遊んでいました。そこには桃の創造の中の小人たちが住んでいて、日々いろんなことが起きるのです。 「もし、この中に暮らせる素敵な男の子がいたら、私はきっと仲良くなれるのに」 桃にとって現実の男の人も、結婚もこれから始まる現実の未来も、それは空想の反対側にある恐ろしいものに感じました。 お姉さんたちはそんな桃の様子を心配したけれど、母親は「きっとあの子にもいい人が現れます」とにっこり微笑みながら言いました。四季家の当主である父は長い航海に出ていて、たまにしか戻りません。特に桃が生まれてからはずっと船の上にいるので、桃はあまり話をしたこともないのです。
そんなある日、桃は秋の草原で、草陰に小人が倒れているのを見つけました。慌てて、拾い上げてハンカチで包むと、離れに連れて行って、温かいお湯を沸かし、小さなお風呂を作って体を温め、ベッドに寝かせました。 しばらくすると小人は元気になりました。 「僕の名前は夕月(ゆうづき)って言うんだ」 「初めまして夕月。私は桃よ。よろしくね」 小さな男の子は栗色のやわらかい髪がぴょんぴょんと跳ね、透き通る茜色の目をしていました。桃はちいさなカップに湯気のたつ温かいミルクを注ぎました。夕月は両手でそのカップを包み、おいしそうに飲みました。 「なんてかわいいのかしら」桃は頬杖をついてその様子を眺めました。
ある日突然 運命はかわると 言ったのは誰だっけ?
その日から夕月は桃の作ったドールハウスに住むようになり、桃の空想は本物になりました。二人はそれは仲良くなりました。外の大気が寒くなるとストーブを焚いて、夕月のために桃は小さなブランケットを編みました。 「ありがとう。桃がいなかったら僕はきっとあのまま死んでいたよ」 夕月は青いブランケットにくるまりながら言いました。 「どうして桃はこんなにやさしくしてくれるの?」 「私ずっと一人ぼっちなのかと思っていたの。だって私には姉さんたちや学校の子たちが、心を躍らせることがわからないのだもの。ずっと想像の中で一人で生きていくのかと思ったわ。でも、夕月を見たとき、ああ、それは違う、私にもちゃんと胸がときめく、心が躍るものがあるってわかったの。今まで見つからなかっただけ。だから君は神様が私にくれた贈り物なの」 「大げさだよ。僕はただ道に迷って行き倒れていただけだよ」夕月は笑いました。 桃は夕月といると今まで思い詰めていたことが、まるで軽いものに感じました。そう温かいミルクに溶けたみたいに。もし、これが恋というものなら素晴らしいものだわ、と思いました。 お姉さんたちは楽しそうに料理をしたり、編み物をしたりする桃を見て驚きながら「やっと、あの子にも恋人ができたのね」と喜びました。
それからしばらく時が過ぎました。 やがて秋が過ぎ、静かに冬がやってきた寒い日、桃が温めたミルクを持って離れに向かうと、 「今日は寒いから温かくしないと・・」そこに夕月はいませんでした。開いた窓から冷たい風が吹き込みました。 桃にはわかりました。夕月は行ってしまったと。いつかこんな日が来ると。 桃は外へ走り出て、草原で夕月を探しました。辺りはだんだん暗くなり、雪が降り始めました。ふれると消える粉雪です。桃は夕月を呼びながら探しました。でもどこにもその姿はありませんでした。お姉さんたちがやってきて、桃を止めました。雪は少しずつ強くなります。 「お姉さん、いなくなっちゃたの。いなくなっちゃったのよ」 お姉さんたちは取り乱した桃を何とかなだめて、家に帰りました。 桃は高熱を出し、三日三晩寝込みました。それからもしばらく静養する暮らしが続きました。 春が近づき、やっと起き上がれるようになった桃は、ひさしぶりに離れの扉を開けました。夕月のいなくなった部屋に入ると胸が苦しくなりました。けれど、あの日々を思い出すと温かい気持ちに包まれました。桃は小さなベッドを整えると、「ありがとう」と言いました。
夕月はつかのまここにいた奇跡。きっと小人は人間世界では長くは暮らせないの。あれは移りゆく季節たちが、その隙間に見せてくれた魔法。そこで、桃は生まれて初めて、誰かを好きになる気持ちを持ち、誰かと一緒にいる喜びを知り、誰かを大切にする日々を送りました。 そんな大切な気持ちがこの世界にあることを知りました。 桃は離れを出るとあの草原を歩きました。春の風が吹き、桃の髪を撫でました。風は桃の悲しみをそっと吹き流し、大丈夫、また季節は巡って来るからと言っているようでした。 「そうね。また、いつか」 私たちはきっとまた会える。今度はもっと広いところで、終わらない世界で。私は夢見ます。その日まであなたを想います。 桃は、四季家の娘です。