水玉物語#026パラディシュナ
シュガーパウダースノウ それは胸のおまじない シュガーパウダースノウ それは永遠の友達
シュガーは生きることに疲れて、食べなくなり、郊外の施設で療養することになりました。そこは緑の多い山の中に白くて広いケーキみたいな建物のある施設、患者は皆、着心地の良い白い服を着て暮らしています。特に何か規制があるわけではなく、みんな好きなことをして過ごしています。シュガーの好きなことは本を読むこと、ぼんやりすること、散歩すること日記を書くこと。
敷地が広いのであまり人に会うこともなく、図書室で好きな本を選び、音楽を聴きながら散歩していると、ここは楽園ではないかと思います。ずっとこんなところに来たかったと。
『思えば私の頭の中はとても混乱していたの。うまく整理ができなくて。好きなこととしなくてはいけないこと、未来とか、使命とか。だんだん要素が多くなりすぎて、収拾がつかなくなった。なぜ、食べなかったかというと、その方は頭の回転が良くなるからなんだけど、周りは病気だと言ったの』
シュガーは久々に言葉を話しました。相手はパウダーとスノウ。二人とも同じようにここに暮らしている患者で、なぜかいろんなところで会います。最初は少し離れたところで様子を伺っていたのだけど、ある日を境に距離が近くなりました。
パウダーは男の子。好きなことはギターを弾くこと、それから鳥を見ること、ボートに乗ること。スノウは女の子。好きなことは歌うこと。花を摘むこと。日の光を浴びてお昼寝すること。
パウダーがここへ来た理由はお酒を飲みすぎること。スノウはベッドから出なくなったこと。でもここへ来たら三人とも、たぶんまともになったようです。ここには私たちを混乱させるものは何もないから。いいところだから。
三人は集まると、パウダーがギターを弾き、スノウがハミングし。シュガーが詩を朗読します。それがとても幸せでした。試しにボイスレコーダーで録音すると、ギターと二人の声と鳥の鳴き声や川のせせらぎが、素晴らしく調和して、聞いたこともないハーモニーを奏でていました。
「世界って美しい物なんだね」
「僕たちも世界の一部だなんて初めて感じたよ」
「うん、歌は鳥のさえずりに似てるし」
「詩は雲の流れに似ている」
そして三人は場所を変えていろんなところで、ギターを弾き、歌を歌い、詩を読みました。
私たちはいつかここを出なくてはいけない。いつか三人だけでは会えなくなる。ここから出れば私たちを混乱させるものがたくさんある。私たちはまたすぐに迷子になる。だからその時に、目を閉じて耳をすませば、ここにもどってこられるように、私たちは今を少しでも保管しなくてはいけない。
シュガーがその施設を後にする前の日。
三人は夜の丘の上で、最後の録音をしました。パウダーはギターを弾きながらハーモニカを吹き、スノーは歌いながらタンバリンを片手に踊りました。シュガーは日記帳を開き、最後のページの詩を朗読しました。胸の奥から声を出して。
私たちは弱いけれど、
この世界からけして目をそらしてはいない
混乱して病んでも、食べなくても、お酒を飲み過ぎても、ベッドにこもっても
季節の結び目をいつも見つめている
風の旅する音
淡く滲む空
心が虹色に変わっていく様子
けれど私たちはそれだけでは
生きられない
草に寝転んでは暮らせない
風と踊っては暮らせない
夜に溶けては暮らせない
でもいつか
でもいつか
私たちがこのままいることのできる世界はきっとある
きっとある
シュガーパウダースノウ
それは心のおまじない
シュガーパウダースノウ
それは永遠の友達
私たちはあの時、静かに瞬いて答えてくれた満天の星を忘れない。