ジュリアとジュリアン

水玉物語#014千年街

このままずっと
ここに暮らすことができれば
それだけでいいのに
丘の中腹の家からは海が見えます

ジュリアとジュリアンは従兄弟同士で、ある不思議な力を持つ一族の最後の末裔です。表向きは兄妹として暮らしています。その海のみえる丘へ登る、坂の中腹にある大きな屋敷に越してきました。まだこの街には知り合いはほとんどいません。

二人はこれまで色々な街に移り住み、一族の持つ不思議な力を少しだけ使って占いのようなことをして暮らしてきました。未来を少しだけ言い当てたり、心のあり方を少し変えたりして、謝礼を少しだけ受け取りました。

本当はその力を隠して暮らしたかったけど、「力を人に役立てなさい」と亡くなったおばあさまが言い残したのでした。そうしないと、力が大きくなりすぎてあなたたちを飲み込んでしまうと。

でもこれまでどこの街でも少しずつ人々は彼らの力を求め始め、様々な理由で感謝し、思い込み、あるいは憎み、最後には悪の元凶のように扱いました。彼らはその度に街を変え、なるべく関わらないようにとつつましく生きようと努めてきました。

そしてこの街へたどり着きました。ここにはまだ少し不思議な力が混在しているといいます。二人は一目で坂道から海の見えるこの街が気に入りました。できればずっとここに暮らしたい。二人はとても疲れ切っていたのです。

ジュリアとジュリアンの手元には分厚い本があります。そこにずっと昔からの一族のことが書かれていました。いつどんな力を使って人々に与えたか、あるいは奪ったか、あるいは助けたか、あるいは傷つけたか。その軌跡が。

おばあさまは言いました。「力は決して私たちのものではない、この世界にもともと存在するもの。けれどそれを魔法にかえるのか、呪いに変えるのかは私たちしだいなのです。だから決して間違えないように」と。

二人もささやかに歴史の続きを書いています。けれどその歴史はきっとここで終わるのです、二人には後継者がいないから。それを二人は心苦しく思っているけれど、それ以上に二人は力を持て余しています。

ジュリアがわずかな荷物を片付けていると、分厚いその本の最後のページに隠されたページを見つけました。そこにはその力をなくす方法が書かれていました。二人はしばらくそれぞれに考え、その方法を実行することにしました。

次の満月がやってくると、二人は街からずっと離れた高台の公園で、時計の針が0時になったと同時に、秘めていた力を解放することにしました。最後のページには力をすべて解放することが力を失う方法と書かれていたのでした。二人はこれまで力を抑えてきたので、自分の中にどれほどの力を持っているか本人もわかりません。

二人は手をつなぎました。温かい手でした。幼い頃からずっとつないできた手でした。

すべての力を解放する方法は簡単で、身につけていた鎧を外すこと。飲み込んでいた言葉を吐き出すこと。止めていた思考を流すこと。感情を放出させること。それは恐ろしいことではなく、とてつもなく心地よく、壮大な夢のようでした。自分自身が世界そのものに溶けていく、私たちは善でも悪でもなく、ただ与えられた力を出し切りたかっただけかもしれない、と思うほどに。

次の朝、ジュリアは屋敷のベッドで目を覚ましました。体が少し重く、心は軽く感じました。窓から柔らかな朝の日差しが張り込み、風がカーテンを揺らしました。ジュリアはそっと体を起こして窓の外を見ました。隣を見ると、ジュリアンがまだ眠っていました。ふと、ジュリアンってこんなに素敵だったかしらと思いました。それにこの家もこんなに素敵で心地よかったかしら、と。しばらくするとジュリアンが目を覚まし、ジュリアを見て同じことを思いました。二人は着替えを済ませ、外に出ました。外はキラキラして、街の人はニコニコと挨拶してくれました。二人は街のカフェに入って温かいミルクティを頼みました。幸せが溶けているようでした。なんて素晴らしい世界なのだろうと思いました。

二人は気づいていないのです。二人の力が世界をまるごとほんの少し変えていたことを。キラキラと幸せが溶けるように。二人は力の使い方を間違えなかったことを。二人は長い一族の歴史に誰もできなかったことを成し遂げたのだけど、それを知ることはなく、ただ幸せに暮らしていくでしょう。

世界は誰かの優しい涙で
気づかないうちに
ほんの少しだけ
変わっているかもしれません