砂山ヘヴン

水玉物語#041パラディシュナ

いつか孵る
天使の卵を抱いて

あの日から私は夢を見ている

やわらかな緑の郊外にある、その療養施設に、一人の少女モエがやってきました。研修医の彼にとってはじめての担当患者でした。二人は鳥の歌の聞こえる診察室で話をしました。季節が変わる頃にはとても仲良くなりました。モエは心を開き、秘密を見せてくれました。それは不思議な色をした卵でした。「これは天使の卵なの」と内緒話を打ち明けるように言いました。

幼い頃、公園の砂場で遊んでいたら、見知らぬ少年がどこかからやってきて、幼い私たちに不思議な卵を見せたの。この卵を温めれば天使が出てくるんだよ、と。私たちは夢中になって、交代でその卵を温めたの。そこから出てくる天使は、私たちの未来への不安や恐れをすべて解消してくれるように思えたから。夜になるとママが迎えに来る子たちは帰り、私と少年だけになった。私の家はママもパパも遠くへ行っていて、お手伝いさんは夕方には帰るから。少年と私はよく星を見て話をした。時々悲しそうな顔をした。私は二人でいれば悲しくなかった。だから誰より卵を大切に温めた。でもある日少年はいなくなった。待っても、待ってももう砂場には少年はこなかった。子供達もいつしか誰も天使の卵のことを口にしなくなった。

「それでも君はひとり、ずっとその卵を温めているんだね?」「ええ、約束したから」

研修医はモエの話を聞いているうちに、話に引き込まれ、その光景が見えるような気がしました。研修医には少年期に記憶をなくして行方不明になった時期がありました。だから女の子の話と自分を重ね始めました。

カウンセリングを重ねるうちに二人は次第に夢の中に入っていきます。現実が混同して、あの頃やりとげられなかった天使の卵を孵そうとしました。まわりはその様子を心配し、二人を引き離そうとしました。天使の卵などどこにもないと説得します。君たちは病んでいるのだと。

ひびの入った卵が孵る日、二人は施設を抜け出します。

月の下の草原を歩き、海を目指しました。そして浜辺で天使の卵が孵るのを待つためです。白くなる空の下で、卵は孵りました。小さな光る羽に包まれた聖なる命が生まれました。幼い天使は二人にありがとうとキスをして、暖かい光を与えながら迎えに来た天使の兄弟たちと共に天に昇っていきました。

二人はそれを見送ると残された殻を砂に埋めて、微笑みあいました。

「ああ、君はここから何処へでもいける。何にでもなれる。天使の卵が孵ったのだから。やり遂げたのだから」

その後、二人は天使の卵の記憶をなくし、もとの生活に戻りました。モエは何事もなかったかのように学校へ行き、彼は研修を終えて医師になりました。

そしてしばらくして、二人は出会います。初めて出会う二人として。一目で恋に落ちました。永遠に褪せることのない恋をしたのです。それは天使からの贈り物。

ひとりぼっちになっても
守り続けた彼らの思いを
天使の国はちゃんと見ていたのです