水玉物語#085 パステル
君は どんな時も いつもそばにいる わたしの友達だよ
ココはふと幼い頃を思い出しました。まだココが長い髪を三つ編みに結って、ずいぶん着古したぶかぶかのセーターを着て、しかめ面をしていた頃のことです。
パステルの街のビスケット通りの人たちは言いました。
「そんなほつれたセーターは脱いでもっと素敵な服を着たら?」
「Non Non」
ココは首をふりました。
ココはいつも一人で、壊れたカメラであちこちをのぞいていました。
ミルフィーユ工場の人たちは
「ちゃんと映るカメラを使ったらどう?」
「Non Non」
とココは首を振りました。
いつも一人、石像の足の間に腰掛けて何も書かれていない絵本を読みました。
スフレ広場の人たちが
「ベンチに座って絵のある絵本を読んだらどう?」
「Non Non」
ココは首を振りました。
小さな街の人たちはお手上げになって、何も言わなくなりました。
ココはただ不安だったのです。一人ぼっちでたくさんの人がいる広い世界でどうしていいのかわからなかったのです。
だから、着古したセーターは守ってくれるんじゃないかと、壊れたカメラにはまだ知らないものが写るのではないかと、真っ白な絵本なら自由に夢が見られるのではないかと、思っていたのです。
ココは一人で遊び疲れると、川辺に腰掛けてキラキラ流れる川を見ながら思いました。
「私にポケットに入るくらいの小さな友達がいればいいのにな。何も言わなくても伝わる友達よ。他の人からは見えなくても、どこへでも一緒にいけるの。名前はマールっていうの、もう決まっているのよ」
そしたら、私は一人でも少しも寂しくないのに。
空にとてもきれいな夕焼けが広がっていました。ココが壊れたカメラから空を覗くと、そこにあるはずない扉が見えました。
すると、ポケットの中がもぞもぞするので覗いてみると、
群青色のネコのような小さないきものがスヤスヤと眠っていました。
ココはハッとして、一度ポケットを閉じて、空をみました。そしてニッと嬉しそうに笑うと、そっとポケットの中を見ました。やっぱり小さな子は眠っていました。
「マール。君はマールだよ」
起こさないようにそっと言いました。
その日からココのそばにはマールがいるようになりました。
マールはどこか違う世界から迷いこんできたのでした。目を覚ますとキョロキョロしてまるで違う世界に驚きました。
ココはいいました。
「C'est bon、マール。私がいつもそばにいるから」
ココはマールがいるだけで世界がまるで違って見えました。着古したセーターはドレスに、壊れたカメラは秘密を写すカメラに、何も書いていない絵本は宝の地図になりました。
小さな街の人たちがいいました。 「ココ、最近楽しそうだね。いいことでもあったのかい?」 「うん、そうなの。友達が一緒なの」 ココは長いセーターをひきずりながら、いそがしそうに三つ編みをなびかせて通りを走っていきました。 ココは相変わらず、いつも一人でいたので、街の人は首を捻りましたが、ココが楽しそうにしているので安心しました。街の人にはマールが見えないのです。 「シシシシ」とココは街の人の不思議そうな顔を見ながら笑いました。
けれど、ある時、きれいな虹が見えた日。マールは虹を見ながら悲しそうな顔をしていました。ココがどうしたのか聞くと、マールは桃色の尻尾を丸めて、七色の兄弟たちのいるおうちに帰りたいと言いました。
ココはいいました。
「C'est bon、マール。私が一緒に君のお家に帰る道を見つけてあげるよ」
そして二人はマールのやってきた国へ帰る道を探して、三角草原やゼリーの沼地や街外れのガラクタ山など、探して歩きました。
ココはふと、またポケットの中で眠ってしまったマールを見ながら、もしマールの探している道が見つかって、マールがお家に帰ってしまったら、ココはまた一人ぼっちになってしまうと思いました。
そう思うと、マールの願いを叶えてあげたいのかあげたくないのかわからなくなりました。
そんな時、ココは久しぶりにこわれたカメラで世界を覗いてみました。すると、目の前にあるはずのない、小さな入り口が見えました。
ココはわかりました。きっとあそこからマールはやってきて、あそこから帰るのだと。思えば、マールがココのポケットに来た日も、ココはこの場所でカメラを覗いたのでした。
ココはその夜、ココの部屋のおとぎ話の描かれた枕の上で眠るマールをじっとみながら、明日になったら、マールをお家へ帰してあげようと思いました。ココはまた一人になってしまうけど、マールのことはずっと忘れないと。小さな涙を流しました。
あれからずいぶん時が経ちました。
ココは大人になりました。今ではサイズの合わないブカブカのセーターを着ていることもなく、しかめ面でもなく、いつのまにかマールがいなくても、みんなと仲良くできるようにも、楽しいことを見つけられるようにもなりました。
マールはいなくなってしまったけど、ココはそれからもマールがそばにいると感じます。いなくなったマールに話しかけました。すると、まるでマールがいるように思えて、勇気が出ました。素直になれました。
でも、どこか少しいつも寂しくて、あの小さなお友達がいたあの頃は特別だったと思いました。何年も経った今でも、そう思うのです。
その日もとてもきれいな夕焼けでした、ココは何気なく、指でカメラのファインダーの形を作ると中を覗きました。すると、あの頃見た小さな扉が見えました。ココは目をパチパチさせ、何度も見直しました。
そしてハッと、ポケットの中を見ると。
そこにはあの頃と同じ、マールがすやすやと眠っていました。
ココは言いました。
「マール。君はマールだよ」
ココとマールシリーズ
これから書いていこうと思う「ココとマール」のシリーズです。
『ココと不思議なカメラ』
ココとマールは壊れたカメラを持って、街中の人を映して遊びました。すると、みんなの隠れた心が映り、みんなヘンテコな姿になり、言えなかったことが言えたり、忘れていた夢を思い出したり、思いがけないことも起きて、小さな街は少しだけ、昨日とは違った景色が見えました。