水玉物語#032パステル
眠れない夜には いちご色の ほんとうの夜が ありました
僕は、ある日から夜眠ることできなくなってしまったのです。眠くもないし、昼間もちゃんと起きて大学の仕事もしている。変だなと思ったけど、しばらく様子を見ることにしました。
そのうち長い夜がたいくつなので、外を散歩するようになって、へんてこな服を着て壁の上に腰掛けていたいちごという、女の子に出会いました。
彼女は夜に住んでいるといいます。いちごはどこかのサーカスの衣装部屋から持ち出したような不思議な格好をして、塀の上で逆立ちしたり、閉まった店に忍び込んでお菓子を山のように持ち出したり、むちゃくちゃでした。でも僕は気がついてしまったのです、いちごの顔は僕の憧れの素敵な女の子にそっくりだったのです。ここまで性格が違うと気づかないものです。
僕が感心して見ていると、いちごは「何、ジロジロ人の顔見ているんだよ。いやらしいな」と言いました。まったく似ても似つかない口調で。
それから僕はいちごの仲間に会いました。夜の住人たちです。彼らは昼から取り残されたものをかき集めて、毎夜、夜の公園で夜だけの宴をしていました。朝になれば何事もなかったかのように姿を消すのです。「知らなかったな、夜の間にこんなことが行われていたなんて」僕はすっかり夜の住人になりました。それは自由でむちゃくちゃでとても楽しい世界でした。僕はこのままずっと夜の中にいてもいいなと思いました。
けれど、僕はある日、眠くなってしまいました。眠くて眠くてしかたなくなって、ベッドに入ると三日三晩眠りました。そして眼を覚ますと、もう普通になっていました。なんとか頑張って夜に起きていても、もう夜の住人たちには会えませんでした。夜が違うのです。
夜の世界を失った僕は、前のようにいろんなものに興味が持てなくなり、大学のカフェテリアでぼんやりしていました。するとあのいちごと同じ顔をした女の子が少し離れた席に座っていました。やっぱり綺麗だなと思って眺めました。いちごとは大違いだとも思いながら。でも僕はいちごが好きでした、無茶苦茶でデタラメで嘘ばっかりつくいちごがいつのまにか大好きで仕方なくなっていたのです。
するとその時、その女の子と目が合いました。女の子は長い髪をかきあげて僕を横目で見ました。そして、舌を出してあっかんべーをしました。まるでいちごのように。
その瞬間、僕は気づいたのです。立派なあの人も威厳を絵に描いたようなあの人も堅物のあの人も、ああ、夜の中にいたのでした。いちごの夜は続いているのです、と。すると人生が一瞬にして無性に楽しくなったのでした。