水玉物語#074パステル
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道なき未知 そこにはいつも ネコがいる
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ジェマは、はちみつ色の月の夜に生まれました。世話をしてくれた猫がいなくなると、家族も仲間もいないジェマはひとりぼっちでした。でも彼女はそれをさみしいと思ったことはありませんでした。 一人は自由だし、この身は軽い。それにジェマにはほかの猫たちのことがよくわかりませんでした。ほかの猫たちもジェマのことは自分たちとは違うものとして、区別しているようです。だから路地裏で気楽な野良猫になって暮らしていました。 ジェマの街は争いが続いていました。街の猫たちも、縄張り争いをしていました。でもジェマにはそこには何の真実も見つけられませんでした。ジェマも自分に敵意を持つ者や危険にさらされた時には牙をむきました。でもそれだけです。
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月の夜に屋根に上って空を見上げました。その時が何より好きでした。金色の光を毛の一本一本まで浴びて強くなれる気がするのです。
それからしばらくしてジェマは、左右の色が違う目を持つルカに出会いました。彼は旅の一座に付いて広い世界を旅して、この街にやってきた猫でした。屋根の上でルカを初めて見たとき、なぜか警戒より懐かしいような気持ちなりました。 屋根の上でルカとジェマは長い尻尾を揺らしながらいつまでも話をしました。ルカはジェマの思うことを一瞬で理解してくれました。そんなことは初めてだったので彼女は目を丸くしました。 二匹ははその日から仲良くなりました。ルカはどこからともなくジェマの前に現れて、楽しいことを言って笑わせてくれました。
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ルカは不思議な嗅覚で、この街に来たばかりなのに、ジェマの知らない抜け道をたくさん知っていたり、階段上の石造の物語を知っていたり、劇場の裏手からこっそりルカの一座の公演を見ることを教えてくれました。ルカと一緒にいると路地裏はまるで魔法の世界に迷い込んだみたいです。ジェマはこれまで緊張しながら生きてきたすべてが甘いミルクに溶けていくように思えました。日増しに大きくなっていく街の争いも遠くなっていきました。
このままずっと暮らしていたいと思いました。でもそれはいつか終わりが来るとわかっていました。
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ある時、ルカはもうお別れの時が近づいてきたといいました。旅の一座がほかの街へ行くのです。ジェマはいつかその日が来るとわかっていたけれど、いざとなるとうまく飲み込むことができませんでした。ルカがいなくなったら路地裏はただの薄汚れた争いの墓場に戻る。私は一人ぼっちになる。でもそれは少し前と何も変わらない。私はずっと一人で生きてきたんだもの。ジェマは体中の毛を震わせて、明るい顔をしました。 「ねえ、ルカ。あなたといられる日はあと何日あるの?」 「そうだね、次の満月の夜までだから、あと月が三つのぼったら」 ジェマは少し考えて、 「それじゃ、思い切り遊ぼうよ」
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二匹は屋根の上を駆け回って遊び続けた。思いつくことはなんでもやってみました。途中でちょっかいを出してくる街の猫たちがいたけれど、そんなものはもう相手にする暇もなく、二人は思い出という思い出をむさぼり食べるように駆け回ったのです。 「ねえ、君さえよければ、僕の一座について来ることもできるよ。僕はもっと君といたいよ」 ルカが旅立つ前の晩に言いました。 「ありがとう」ジェマはそう言ってルカの鼻に鼻を摺り寄せると、丸くなった月を見ました。
本当のことを言えば、そうできたらどんなにいいかと思いました。ルカと一緒に世界中を回る。次から次へ新しい街で新しい冒険をする。いろんな屋根に上って、二人でこうして遊び続けるなんて。
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「私は行かないわ。でもいつか、どこかでまた君を見つけるよ」 ジェマは笑ってルカを見送りました。そして次の朝早く、ジェマは街を出ました。探しに出ようと思いました。ルカといるように暮らせる世界を、この足で。 金色の蜂蜜を落としたミルクみたいに、甘く、優しく体中の緊張を解いて、心から大切な人と心から愛する日々をすごせる世界を。
ネコがいる世界は私の世界
どこへでも行ける