水玉物語#054パステル
悲しい噂に 希望を感じるなんて どうかしている
この街に爆弾が落ちるという噂が広がった。 この街を破壊するほどの大きな爆弾で、私たちはみんな死んでしまうと。信じる人もいれば、退屈凌ぎの噂話とまるで信じない人もいた。 そもそも、この街にはでたらめが多いから。 まるで誰かの気まぐれで作られた、おもちゃ箱をひっくり返したようなこの街には、突拍子もないことが度々起こる。予測した明日がこないということは希望にもなるし、真面目に生きる気持ちを奪いもする。 だから、この街の人はなんでも賭けにする。爆弾が落ちるのか、落ちないのか。そうしていれば、無駄な争いは起こらないし、ある程度の欲望も満たされる。 でも、爆弾が落ちたら賭けに勝ったとしても、終わりじゃないかな。 それはそれとして、僕らは暮らしていた。 それでも日ごとに爆弾の噂は加熱して、ついには明日の夕刻に落ちてくるとされた。 荷物をまとめて街を逃げ出すものもいたし、逃げ出したくても行き場のないものもいた、一晩中飲み明かす人たちもいたし、まるで信じない人も多くいた。たいして働かないこの街は暇なのだ。
僕らはというと、その噂の日の朝、いつも通り目を覚まして、窓を開けるといつも通り朝の挨拶をしてコーヒーをいれた。その後、彼女はピンク色のドレスを着て、僕はタイを結び、丁寧に支度を整えた。それは僕らが持っている中で一番華やかな衣服。それから冷えたシャンパンを抱えて家を出た。 僕らは街で一番高い、塔の上に登った。その上でパーティが行われるというのだ。けれど、長い階段を上がってみると、そこには僕らしかいなかった。 「みんなどこ行っちゃったのかしら」 と塔の上に張り出したバルコニーを見回しながら彼女が言う。 「確かここで間違いないはずだけど」 僕はポケットから招待状を取り出して確かめる。 「ねえ、あれ、あんなところに塔なんてあったっけ?」 みると少し離れた街の中に塔が立っている。この塔より少し低く、よく似ている。 「もしかしたら、あの塔がパーティの会場で、ここは・・」 そう、昨日までは高い塔は街に二つもなかったのだ。 「まったくこの街ときたら」 「本当、でたらめなんだから」 僕たちは諦めて、その場に座り込んでシャンパンを開けた。
しばらくすると、高い弦楽器の奏でるような音がして、東の方角からゆっくりと何かがやってきた。目を凝らしてみると、爆弾は本当にやってきたのだ。 僕たちは塔の上に腰掛けシャンパンを傾けながら、現実とは思えないその光景を見ていた。 「本当だっだね」 「ああ、賭けに勝ったな」 「おめでとう」 やがて青い空と白い雲を横切り、爆弾は街に落ち、街は一瞬でピンク色の煙に包まれた。幸いか僕たちの塔だけはピンクの煙の上に突き出していた。偶然にも命拾いしたということだろうか。 彼女は身を乗り出して目下に立ち込めたピンクの煙を見た。 そのピンクは彼女の着ているドレスによく似ていた。下界の様子はよくわからない。人々はどうしただろう。 「みんな死んじゃったかな?」 「どうかな。この街のことだから、そんなに簡単にはきっとくたばらないさ」
僕らはこの街にたくさんの不満を持っていた。でたらめで無秩序でやたらと甘いクリームみたいに堕落している。ここで本当に幸せに暮らしているやつなどいやしないだろう。でもこの街には人を惹きつける何かがある。あともう少し耐えれば、いつか、本当の幸せにたどり着けるんじゃないかって、思わせる。遠い夢の面影のようなものが。
「ねえ、私、この色好きだな。この色は人をもれなく幸せにする色だから。見ているだけで、幸せな気持ちになるもの」 僕も覗き込んでみた。確かに幸せはこんな色をしているかもしれない。 「私よく思うの。どうして本当に幸せになりたいなら、戦わずに平和を唱えるより、幸せになる爆弾を打ち込まないんだろうって。こんなふうに、ボーンと落ちて、もくもくと幸せになるガスで埋め尽くせばいいのに。争う気持ちなんてなくなっちゃう、人を騙す気持ちも消えちゃう」 「その代わりに、ハッピーなことしか考えられないの。こんなピンク色の。幸せが溢れてきて、歌でも歌っちゃう、みんなのこと愛しちゃう」 「つまり幸せ爆弾」 「そうそう。モヤッとした文句ばかりの平和をぶち壊すのよ」 僕は想像してみた。それもいいかもな。ちょっと軽い目眩のするハレーションを起こしそうだけど。 その先にはあの面影の世界が待っているだろうか。 それはもうはじまっているかもしれない。