水玉物語#031パステル
水曜日の月の夜には ほんの少し 不思議なこと 起こるって知ってますか
サラは生まれつき体が弱く、家からあまり出ることができないので、飼い猫と一緒に南向きの部屋の大きな窓から、水曜日になると窓の外を、猫を連れて通りかかる青年を眺めるのを楽しみにしていました。
その人と話をしたいのか、仲良くなりたいのかわからないのだけど、彼が荷物も持たず猫だけを抱えて、時には肩に乗せて遠くを見ながら歩く姿を見るのがとても好きだったのです。
ある水曜日、サラは思い切って青年を追いかけました。サラも猫を抱えて。
青年は横断歩道を渡り、立ち止まり空を眺め、水色の歩道橋を渡り、途中で道の向こうを眺め、公園に着くと猫を放して遊ばせている間、草原に寝転んだり、ベンチに腰掛けて遠くを眺めていました。いったい何を見ているのかしら? サラも猫を放して少し離れた草むらに腰を下ろしました。サラの猫は面倒なのか、どこへも行かず膝の上に丸くなりました。
少女はその青年の遠い目の先を追ったけれど、そこに何があるのかわかりませんでした。でもその目を長い間見ることができただけでよかったと思いました。
けれど、その日のことが原因で、サラの病状は悪化して、ベッドの中で過ごす日が増えてしまいました。
そんなある水曜日、夜ベッドで眠っていると窓をコツコツと叩く音がして、窓に近づくと、あの青年がいました。サラは驚いて窓に近づくと、窓の外の木にあの青年が腰掛けているのです。
「こんばんは」
「こんばんは」サラは驚いたまま返しました。
「僕はハルっていうんだ。いつもこの窓の下を通る時、君が見えたのに、この頃見えなかったからどうしたのかなって来てみたんだよ。この間は公園でも会っただろう? 僕はやっと仲良くなれるのかと思っていたんだよ」
サラは何が起きたのかわからなかったけど、なんだかとても嬉しくて、
「私はサラっていうの。ずっとあなたとこんな風に話してみたいと思っていたのよ」
「それはよかった。今夜は月が綺麗だから散歩にいかないかい?」
見ると頭上には大きな蜂蜜色の月が登っていました。ハルは手を差し出しました。
「でも私、外の空気は体に悪いと言われていて、それに窓から出かけるなんて」
とサラは言いかけて、
「おかしなこという、だって君は猫だろう?」
ふと鏡を見ると、猫の姿をしていました。同じように映るハルも猫の姿をしていました。
「水曜日の満月は特別なんだ。さあ、出かけよう」
サラは半信半疑で前足を出して木に飛び移りました。なんて体が軽いの。
そして二人は木から木へ飛び移り、塀の上を歩き、歩道橋を渡り、公園で遊びました。
サラは生まれて初めて思い切り、走ったり、飛び跳ねたり、笑ったりしました。二人は公園の木に登り、いつもよりもっと大きな月を見ました。ハルの髪が月明かりで水色に透けて見えました。
「ああ楽しかった。こんなに楽しかったのは初めて。あなたのおかげよ」
「それはよかった」
「ねえ、一つ聞いていいい?」
「なんだい?」
「あなたはいつも遠くを見ているような目をしているけど、いったい何を見ているの?」
「そうだったかな?」
とハルは遠い目をしました。
「ほら、今も」
「だとしたら、楽しかったことを思い出しているんだ」
「どんなこと?」
「たとえば今夜のこと」
それを聞いてサラはとても嬉しくなりました。これからは私も遠い目をしてこの思い出を思い出せるから。そう思うと、月はうっとりと今にも溶けそうに見えました。
ハルはサラを家の窓までおくると、
「僕は明日、他の街に行く。だからこの窓の下を通ることはなくなる。でも君のことを思い出すよ。思い出は思い出すとどんなに遠くにいても会えるんだ。特に水曜日は特別なんだ、僕たちはその思い出さえ持っていればいつでも夢の中で会える、その夢の中でもっと思い出を作ることもできるんだよ」
サラは頷いて、
「私も思い出す。だからここにいても会えるのね」
これからはどこにいてもきっと楽しいことがたくさん生まれる水曜日になるたび。あの時勇気を出して、外に出てよかった。どんなときでも一歩踏み出せば、誰かが必ず答えてくれる。サラはベッドで丸くなる猫を抱きしめました。