水玉物語#018ファラウェル
ジュディは 教授のくれた帽子を深くかぶり はじめて汽車に乗りました
うまく大人になることのできないまま、ジュディは教授のもとで働いていました。朝起きて、教授の研究室へ向かい、仕事をして家に帰るその暮らしを気に入っていました。周りの人とうまく話せないことも、友達がいないことも少しも気になりませんでした。教授がいて教授の手伝いができればそれでいいと。 けれどその夏休み、教授はジュディに大きな役目を与えました。それは汽車に乗って教授のおつかいをすることです。たった一人で、汽車に乗って、見知らぬ街へ。 この街を一人で出たこともないジュディは、不安な目をして教授を見つめました。教授は、その昔ジュディに授けた帽子に手を乗せると、この帽子が君を守ってくれる。安心して広い世界を見ておいでと言いました。
やがてジュディを乗せた汽車が街を離れると、窓から見たこともない景色が見えました。大きな山や川や草原です。 ジュディはそれが心躍るものなのか、寂しいのかよくわからず、帽子のリボンをさわりました。そしてカバンの中から三通の手紙を取り出しました。 教授のお使いはその手紙をそれぞれ三人の教授の古い友人に渡すことでした。
一通目はりんご園を営む男の人に渡すようにと、ジュディは途中の駅で降りて、丘を登りました。けれどもりんごの木は枯れていて、男はそこにはいませんでした。
二通目は背の高いビルの立ち並ぶ、ターミナル駅に住む女の人でした。ジュディは地図を片手にその人の家を探しましたがすでに建物は取り壊されていました。
そしてまた汽車に乗り、窓の外にはまた山や沼地や花を咲かせる大きな木を越え、ジュディは最後の目的地は終着駅のファラウェルにつきました。
ジュディはファラウェルの街におり、通りを歩いて時計塔の前で青い制服を着た少年に道を尋ねました。時計の針は止まったまま、街は静かに眠っているようにでした。
ジュディは時計屋の扉をノックしましたが、店主は留守でした。窓辺に置かれた人形の姿をした女の子に手紙を渡しました。人形の女の子はジュディにお茶を入れました。二人はただ何も言わず、温かいお茶を飲みました。
ジュディはそのまま坂道を登り、海の見える高台に登りました。
ジュディは海をはじめて見ました。そしてはじめて泣きました。
観覧車も人形の女の子も 時計塔を中心に広がる街も 時を止めては生きられない、 でも時が進めば人も街も滅びる。 教授、私はどうしたらいいの?
その時、一羽の鷹が雄大に風に乗って空を飛んでいるのが見えました。羽を広げ、まるで風と遊んでいるように。そして風がジュディの帽子を巻き上げました。帽子はふわりふわりと空を飛んでいきました。 まるで世界と遊んでいるみたいに。優雅な線を描いて。 ジュディは長い髪を風になびかせ、瞬きを何度かして、その様子を見つめて、そうか、これでいいの。これいいのね。と思いました。 教授、時は滅びるために流れているのではない、風に乗って遊ぶために流れている。だから何も怖くない。風はちゃんと私たちを運んでくれる。だから大丈夫。 さあ、帰ろう。
ジュディは帽子をぎゅっとかぶり
初めて汽車に乗りました
水玉の手記
ジュディが汽車に乗って向かう、終着駅は「ファラウェル」で、時計屋はパルカ小鳥の時計屋さん。手紙の相手はパルカを作った時計屋のミシェル。
ミシェルとジュディの教授と何人かの手紙を渡すはずだった人たちは、昔同じ研究をしていた仲間で、その研究施設はなくなったけど、それぞれの研究はいまも続いていて、パルカやジュディはその過程で生まれたもの。このお話の中で、その二人があってお茶を飲むことに何か意味があると思う、本来の目的のような。もっとよくみて、そのシーンをちゃんと書いてみたい。テーマはおそらく永遠。