以心伝心のラブレター

水玉物語#051パステル

どこにいても
思いは伝わる
たとえ
世界が違っても
正直言うと、モモは本の中に住んでいるのです。
本の中には本の中の森があって、本の中の街があって、本の中に暮らす人々がいます。人でないことも度々です。動物だって二本足で立って、話をしたりしますから。モモは思うのです。数限りなく本があっても、その向こうの世界は一つなのではないかと。

そんなモモは少し現実の世界になじめないでいます。でも、仕方ないのですモモは本の中の人に恋をしているのですから。

それはモモがまだ幼い頃によく読んでいた本の中に出てくる人です。王子様。でも残念なことにその本はどこかにいってしまって、いまだにどんな本だか探し出せないのです。

そうそう、だからモモは図書館で働いています。
いつかその本にもう一度出会えるように。

そんなモモに数少ない友人たちは、いつまでもそんな馬鹿なことを言ってないで、人間の男の子と恋をしなさいと助言します、でも仕方ないのです。

だって、好きなんだもの。

夜から朝へ移行する頃、
外を歩くと
小さな蝶が私の周りを飛んで、
まるで祝福してくれる。
白光りした鷺が
朝を連れにいき
小さな羽虫が踊り
野道の花は足元を飾ってくれる。
そんなとき私は彼が
この世界のどこかにいると感じる。


まあ、そういうことなのです。彼を思うと、日々はとても暖かい。
どんなことが起きても、モモは朗らかな気持ちでいられる。
モモはこの気持ちなしでは生きられないのです。
そんな、ある日、モモは図書館の隅にうずくまる人影を見つけました。

近づいてみるとそれは人間ではないようです。まだ子供の馬のような姿で足を痛めているようです。だから、モモは鍵の管理を任されている特別室に彼を運び込んで、ゆっくりと手当てをしました。彼の怪我が治るまで、彼をかくまって、面倒を見ました。彼はこの世界のものではないけれど、モモにはむしろ心が通じ合うように思えました。

モモは彼をエドワードと呼びました。

その夜、エドワードの包帯がとれる夜です。モモはエドワードの包帯を外しながら話をしました。ずっと昔、子供の頃に好きだった本の中の人にいまも恋をしていること。そのせいか人間の世界にはあまりなじめないけど、それでもいいと思っていること。

「ほら、もう治ったわ。きっともう飛べるはず」

エドワードはかくしていた羽を広げ、たてがみをふるわしました。彼はお礼にモモを本の中の世界に連れて行ってあげるよといいました。
モモはエドワードのやわららかな毛並みの背中に乗り、一冊の本の表紙から物語の世界へ入りました。そして、広い世界を見て回りながら、あの物語の城を探しました。
そこはモモがずっと夢見ていた場所。けれど、夢見ていたよりずっと広く、ずっと果てなく美しい世界でした。

「君の王子様はいったいどこにいるのさ?ヒントはないの?」エドワードが風を切りながら言いました。

「わからないわ。悪い魔法使いに呪いをかけられて姿を変えられて、城の隅っこにある塔に閉じ込められているのよ。小さな生き物たち、蝶々とか羽虫と鳥や、それから星々も彼の味方をして、呪いが解けることを願っているの。そうだわ、確か、一番星の右手にある塔よ。そう書いてあった」

エドワードはその言葉に方角を決めて風を捕まえました。

「ねえ、そのお話最後はどうなるの?」

「それはよく覚えていないの。私が覚えているのはその塔の上で、王子が星を眺めて想いを星に伝えるページだけだから」


「それだけで恋をするなんて」

「そうね。うまく言えないけれど、子供の頃、私はうまく心を言葉にできなくて、周りの子の中に入ることができなかったの。だから、王子の姿にきっと、想いは言葉にしなくても伝わるって思って、安心したのよ。それを信じるだけで、不安にならず生きていくことができたの」

そんな話をしているうちに、その塔のある城は見つかりました。

エドワードは塔の入り口を目の前にした城の屋根の上に降りて、
「ほら、あの扉の向こうに君のずっと思い続けた人がいる。準備はいい?」と言いました。
モモは急にこわくなって、エドワードの背中にしがみつきました。



もしかしたら、私の思ってきたことはただの思い込みで、私の気持ちなど少しも届いていないのかもしれない。物語の世界は物語の世界あっても、それは現実と変わらないのかもしれない。悲しいこともすれ違いも思い違いもあって、少しもハッピーエンドになんてならないのかもしれない。私はただその現実から逃げていただけかもしれない。

エドワードはゆっくり膝を折ると優しく言いました。
「それでもそこにあった気持ちは本当でしょう?長い間想い続けるほど」
モモは頷き、その背中からゆっくり滑り降りました。

モモが現実を恐れ、傷つくことを恐れ、夢の世界に夢見ていたとしても、そこに広がる気持ちは確かにありました。いつも伝わる温かいものがありました。じっとしていられないくらい、楽しくなる気持ちがありました。

モモは立ち上がると、エドワードの鼻先に額をつけてもう一度目を閉じました。
エドワードも鼻先でモモの頭をこすりました。

「さあ、君はここから物語の住人だよ。何も怖がることはない。僕たちは物語という一つの世界に守れている。いつでも。その気持ちを忘れないで」

モモはうなずいて、そっと扉を開けました。

僕たちは物語という
一つの世界に
守られている