水玉物語#053 ファラウェル
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それは冬のある日 そこにはもしかしたら 永遠が書かれている
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街の中心から坂をゆっくりと登ったあたりに、大きな木がありました。とても大きな木です。古くから街を守ってくれているとも、子守唄を歌って、街を眠らせているようにも思えます。そのすぐ下にいくつかの屋敷がありました。
その大きな木を挟んで、反対側にある家にそれぞれ男の子と女の子が暮らしていました。二人はお互いのことを知りません。なぜなら、彼らは眠ってばかりいるからです。
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やがて誰もが旅に出る 私は丈の長い服を引きずって 虫取りあみを片手に あなたを探している
彼らはなぜだかとても眠くて、頭がいつもぼんやり、時の速さよりずっと遅く、すべては認識するより前にすぎさってしまう。けれど本当は起きている人の何倍もいろんなことを思っているような気がする。だから、ほんの少しだけ意識が覚醒している間に二人は外へ出て、それぞれ、記しを残すことにしました。途切れ途切れの小さな文章を。
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小さな町で暮らしているけれど、 空から落ちてくるものはよく見えるの ひらひらと舞い降りる蝶みたい
小さな人気のない公園の奥にある池のほとり。紙切れを木に貼り付けたり、小枝に巻きつけたりしました。不思議と二人が目を覚ます時間はずれていたので、出会うことはないけれど、互いにそれを見つけました。
小さな紙切れは、どこかの物語のように続いていて、二人をどこかへどこかへ運んでいるように思えました。女の子は見つけたメモの言葉をベッドの中に持ち帰っては、夢を見ました。
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今にも雪が降りそうな 空の隙間に永遠が見える
そして今にも雪の降りそうなある日。女の子はぱっちりと目を覚ましました。こんなことはどれくらいぶりでしょう。女の子は嬉しくなって甘く温かいお茶を水筒に入れて家を出ました。外はとても寒くて凍えそうだったけれど。
特に行くあてがあるわけでもなく、軽い足取りで川沿いの道や表通りを歩き、公園に着きました。池のほとりに腰を下ろして水筒のお茶を飲みました。
こんな風に眠くないなんて、私どうしたのかしら?
ふと見ると池に何かが浮かんでいました。女の子は木の枝を探すと、池の中に伸ばしそれを手に取りました。透明の玉を、空にかざして覗き込むと光がキラキラ見えました。
知らない間に 世界は こんなにキラキラしていた 私は何も知らなかった 空のことも沼のことも
そして彼もまた驚くほど覚醒し、不思議な気持ちでマフラーをなびかせて通りを歩いていました。もうすぐ雪が降ってきます。こんな狭い街なのです。目覚めていればすぐにも出会うでしょう。
小さな街ですから、
雪でもふれば景色の中には、
僕らしかいないのです。