水玉物語#102 ファラウェル

その切符にピエロの車掌が
はさみを入れた音
僕の夏の音

あれは、僕がまだ子どもだった頃のある暑い夏の日のこと。今でも夏になると思い出す、夢が本当かわからない不思議な記憶がある。
それは人混みで賑わう夏休みの駅のホーム。
僕はつながれていた手をそっと離れて、静かに眠っていた列車に近づくと、その冷たい鉄の表面にそっと触れて、列車に話しかけた。
「君も、夢を見るの?」
列車は、かすかに硬い音を立てて、こう答えた。
「……うん、見るよ。」
その声は、当時の僕より少し年上の、優しくてどこか懐かしい男の子の声だった。
「どんな夢?」
そう聞いた僕に、列車はこう言った。
「じゃあ一君だけに、特別にその夢を見せてあげよう。今日は少し変わった人たちが現れて、君に夏休みの思い出をくれる。
そんな夢列車になるよ。」
“カチリ”

そして、ドアが静かに開いた。
列車の中には、銀の靴をはいた不思議なピエロが立っていた。 白い手袋と、とんがり帽子。そしてくるくる笑うような目。 「切符はお持ちかな?」 そう言ってウインクすると、僕の手にふわっと紙の切符が舞い降りた。ピエロがふるびたハサミでその切符に印をつけると、その瞬間、車体がゆっくり浮かびはじめた。 列車はガタンゴトンと音を立てながら、空へ――まるで、空に向かってレールがのびていくみたいに。 「えっ……空、飛んでる!?」 思わず声に出すと、どこからか軽やかな声が返ってきた。 「当然じゃん!これは夢列車だもん」 振り向くと、そこにいたのは、小さな帽子に金の鍵をつけた女の子。ちょっとふざけた笑顔で、でもすごくまっすぐな瞳。 「わたし? 夢閃(むせん)ロリィっていうの。今日はこの列車の案内人」 窓の外に目をやると、星がきらめく銀河がすぐそこに見えた。 「あれが夢銀河だよ」 「夢銀河って……なに?」 ロリィはいたずらっぽく笑って、こう言った。 「知らないの? なんでも夢が叶うところだよ。忘れてた願いも、まだ言葉にならない気持ちも―― みんなあの銀河で星になるの。 今日は特別な夏のきみのための旅、なんだから!」 列車の中では、お菓子の町から来た乗客たちや、空飛ぶクジラの飼い主、星をつかまえる網を持った少年たちが、楽しそうに手を振っている。 ロリィは僕に小さなカードをそっと渡した。そこには、金色のインクでこう書かれていた。

夢は銀河に輝く星だから
この景色をずっと覚えていて
そうして夢列車は、夢銀河へと走り続けていく。ときどき、誰かの心の中を通りながらー
それは、ある夏の記憶。
いまでも、きっと、
銀河のどこかを走ってる。