Lemme

水玉物語#09 フォーエバーランド

君の目は森
君の声は風
 
 山と森に囲まれた「永遠の緑」の意味の名を持つ小さな王国がありました。深い緑と絶え間なく流れる風と、王族の持つ小さな力によって長い間平和に暮らしていました。

 王族の子供たちには皆それぞれ小さな力がありました。花をよく咲かせたり、木々の声が聞こえたり、大地の奥深くに流れる水の流れがわかったり、それが王家の証でもあり、この国を守る力でもありました。

 しかしその国には「千年にひとり国を滅ぼすほどの力を、持った子供が王宮に生まれる」という古い言い伝えがありました。ある年、ついにその条件の揃った日に女の子が生ました。

 王国の古い魔法使いは彼女をすぐ殺すように言いましたが、心優しい王と妃は殺すことができず、王国を守る騎士ウラノスに、森の奥深くに連れて行くようにと託しました。
 
 ウラノスは森の奥深く、深く、もう誰も住んでいないところまで、生まれた子供を連れて行き、一人で生きられる年になるまで面倒をみることにしました。
 少女レムと名付けられ、自分の生い立ちを知らず、素直に育ちました。無邪気な姿からは世界を滅ぼす強い力を持っているとは思えませんでした。もちろん本人もそれを知らず、日々単調に暮らしていました。

 森の水を汲み、森で取れる木の実や果実を食べ、動物たちと心を通わせ、多くを望みもせず、永遠の緑の国の王族らしい優しい心を持ち合わせていました。

 ウラノスは彼女を不憫に思い、本をたくさん読んで聞かせました。レムは広い世界のことに目を輝かせて、この森の外にはこんな世界はあるの?と尋ねました。ウラノスはこれはすべて空想のお話だと聞かせました。

 それから身を守るための剣術も教えました。レムはいったい何から自分を守るのかと尋ねました。人間も知らず、森の動物たちと心の通じるレムにとって、自分を襲う恐ろしいものが何かわかりませんでした。ウラノスはお話の中に出てくる悪魔や魔物などから身を守るためだと言いました。

 そしてこの森の外には恐ろしいものがたくさんいる、だからこの森からは決して出てはいけないと教えました。ウラノスの言うことを素直に聞いて、森の中から出ることはなく、日々を静かに送り、本を読み、空想し、鍛錬に励みました。
 
 けれど、いつのまにか王国は平和ではなくなっていました。王族に反乱を企てる者たちと王宮とのいさかいが生まれ、日々悪化していきました。王国に反対する彼らはレムの持つ力のことをどこからか知り、それを手に入れようと森に分け入りました。それを知ったウラノスは、遠出をしようとレムを連れて、森のさらに奥深くに向かいました。

 森には少しずつ不穏な空気が流れました。レムはそれに気づいていたけれど、その正体はわかりません。お弁当やお菓子の入ったバスケットを持って、ウラノスの後を歩きながら、もしかしたらお話の中の魔物がやってきたのではないかと、胸元の小さな剣に手を触れました。
 
 
 森の奥深くにはウラノスも古い地図でしか見たことのない、美しい湖がありました。その湖のほとりに腰掛けて、二人はレムの作ったサンドウィッチを食べました。木の実のお菓子も食べました。

 静かに波打つ風が湖面を揺らしていました。山々は遠くまで見渡せました。

 レムは長い間、湖や遠くの山々を見ていましたが、やがてウラノスに言いました。

「何かが私を探してこの森に入った。森はそれをあまり良いこととは思っていない。木々が騒いでいる。彼らが私を探しているのは、私の持っている何かが欲しいから。そうでしょう?」

 ウラノスは少し驚きましたが、木々や動物と心を通わせることのできるこの子が、何かに気づいているの当然のことだと思いました。

「そうだよ。彼らは君を探している」

レムはウラノスをじっと見つめて、
「私は一体何を持っているの?」
と聞きました。

ウラノスは少し躊躇した後、静かに言いました。

「君の持っている力は再生する力だよ。古くなったものや悪くなったものを、新しく美しいものに再生する強い力だよ」

 それはずっと守ってきた国が今は争いの中にあり、長く大切に見守ってきたレムが破滅の力を持っていることに対する、ウラノスの願いでした。

 レムは自分の指先を見つめました。指先から小さな光の粒が溢れています。レムはその手で、ウラノスの大きな手を握りました。

 ウラノスは目を閉じると、生まれたばかりの彼女を預かって、この森深くにやってきたことを思い出しました。それから彼女が生まれる前、城に騎士として仕えるようになった少年の頃のこと。まだ騎士になる前に森や川で遊んで暮らした子供の頃。

 ウラノスの目に涙がこぼれました。どうして君はこんな力を持って生まれたんだろう。誰も好きこのんでこの世界を滅ぼしたいわけがない。君は森で静かに暮らすだけでよかったし、僕はそれを見守るだけでよかった。どうして、そっとしておいてくれないんだろう。

 レムはウラノスの涙と心を感じ、彼が自分のために嘘をついていることに気づきました。そして「ありがとう」と心の中でお礼を言いました。レムはウラノスを慰めるよう手を耳に当てると、

「もしかしたら、滅ぼすのではないのかもしれない。あなたの言葉が正しいと思う。ほら、指先が優しい歌を歌っている。私はこの森が好き。あなたが好き。たぶん、森の外の恐ろしい魔物も。追ってくる人たちも好きになれる」
と、言いました。

 ウラノスは思いました。その言葉の意味するものを、僕は彼女の中にずっと見ていたような気がする。それを守りたかったような気がする。それはこの国をずっと包んできた心そのもの。

「その通りだね、本当にその通りだね」レムの頭を撫でると、真っ直ぐに前を見ました。

 そして間も無く、レムの力は彼女の体から放たれ、彼らを包み、森の一面に広がりました。そして森に入り込んだ者たちを過ぎ、街を通り、王宮まで届きました。

 優しい歌は聞こえるでしょうか。

 やがて目を覚ました時、僕らはそれを知るだろう。


強い力は、滅ぼすことも
生み出すこともできる