ぼくはおくりもの(少し長いお話)

水玉物語#82 フォーエバーランド

小さなくまのもう少し長いお話です

ある朝のことです。巣穴で目を覚ましたくまは、

鼻先に冬の気配を感じました。

「くんくん。冬の匂いがするな」

ベッドから起きようとして、ころんと床に転がり落ちました。

 「まただ。どうしていつも転がってしまうのかな。ベッドから起きるのはなんて難しいのだろう」

くまは体をひねって、なんとか起き上がると、足の先がやぶれて、中の綿が見えていることに気づきました。

「おや、足が破れている。大変だ。りすさんにもらった針と糸で縫わなくちゃいけないや」

 くまは黄色の糸で足先をちくちくぬいました。くまの体はずいぶん古びてあちこち繕った跡がたくさんあります。

くまは大きく腕を動かしながら、足先を縫っていた手をふと止めて、カレンダーを見ました。

「もうすぐ、クリスマスがやってくる」

クリスマスがなんなのかくまにはよくわかりませんが、クリスマスの響きを聞くと、くまの中のどこかがぎゅっと小さく温かくなるような気がしました。

「クリスマスがやってくる。そうしたら冬もやってくる。冬になったら冬眠する。そしてまた春がくる」

 くまは指を折って数えると、ふと、首を傾げました。冬がやってきて、冬眠して、春が来たら、やっぱりぼくは目を覚ますのだろうか?

 なんとなく、くまにはその春の姿は想像がつきませんでした。

 それで思ったのです。この冬を過ぎたら、もしかしたらぼくはもう目を覚まさないかもしれないと。思えばくまはもうずいぶん長く生きましたから。

街の家

 それは遠い昔のことです。パチンと糸を切る音でくまは目を覚ましました。

「さあ、できました。こんにちは。ちいさなくまさん」

とても優しい目をした誰かが覗き込んでいるのがぼんやりと見えました。後ろでパチパチと暖炉の暖かい音がしました。

「かわいいくまさん。あとはリボンをかけて、あなたはクリスマスの贈り物になるのです。たくさん幸せを送って、たくさん可愛がってもらうのですよ」

くまは動かない首のまま、こくりと頷きました。

「ぼくはおくりもの。たくさんかわいがってもらう」

 

 それからくまは赤い布袋に入り金色のリボンをかけられ、クリスマスの朝、その家の男の子のプレゼントになりました。

 男の子はくまをとても気に入って、その日から片時も離さず過ごしました。

「さあ、くま。ご飯にしよう。嫌いなものも食べなくてはいけないよ」

「さあ、くま。お風呂に入ろう。君は布と綿でできているから、バスタブには入れないよ。でもぼくが布で顔を洗ってあげるからね」

「さあ、くま。もう眠るよ。夜ふかししたいなんて、わがまま言ってはいけないよ。子供は寝る時間だからね。その代わり、一緒に楽しい夢を見よう」

 二人はいつも一緒にベッドに入りました。

 同じ夢を見たのか、くまは覚えていませんが、ベッドの中はいつも温かくて、安心して、時々ギュッと抱きしめられて苦しくて嬉しくて、きっとこれが「かわいがってもらう」なんだと思いました。

そうして次の春が来て、夏が来て、秋が来て、また冬が来て、

ちがう春が来て、夏が来て、秋が来て、

また冬が来て・・。

屋根裏 

 気がついたら、くまはもう男の子のそばではなく、屋根裏部屋の椅子の上に置かれていました。

「あれ、ぼくはどうしてここにいるんだろう」

くまは男の子やママさんが迎えにくるのを待っていましたが、夜が来てもまた朝が来ても、薄暗い屋根裏には誰も来ませんでした。

「それは、捨てられたってやつだぜ」

足元から声がしたので、ガラスの目でのぞくと、小さなねずみがいました。

「捨てられたの?」

くまはじっとねずみを見ました。

「ここにあるものはみんなそうだぜ。その傾いた椅子も破れた地図もほころびた絨毯も、みんな捨てられたんだ」

「ぼくも捨てられたの?」

ねずみはかわいそうにと首を振って、

「残念だけど、認めるしかないぜ。もう誰もあんたを迎えに来ない」

くまには捨てられたという意味がよくわからなかったけれど、なんとなく、男の子がもうくまを抱きしめてくれないことはわかりました。

「もうかわいがってくれない?」

くまが尋ねると、ねずみは小さな眉を下げて言いました。

「ああ。かわいがるどころか捨てられちまったのさ」

「それなら、ぼくはどうしたらいいの?」

「まあ、屋根裏には屋根裏の暮らしがある。そんなに悪いもんでもないさ」

「ねえ、ねずみさん。おなかのところに穴があいているような気がするよ」

くまは動かない首を曲げてお腹を見ようとしました。

「ぼくのおなかに穴はあいていないかな?」

ねずみはくまの足の上にひょいっと飛び乗るとくまのお腹を小さな手でぽんぽんとたたき

「穴なんか開いてないさ。そいつは、寂しいってやつだぜ」

と言いました。

くまは思いました。

「ぼくはおくりもの。たくさんかわいがってもらう。そのために生まれたくま」

 

そして、朝になって日が上り

太陽は金色に

やがて赤い夕暮れに

月が輝き出す日々が過ぎてゆく。

 くまは傾いた椅子に座ったまま、ねずみや虫たちと屋根裏部屋で過ごしました。

ねずみは壁の穴から外に出ては戻ってきて、いろいろな話をくまに聞かせてくれました。

「なあ、くま。おまえは知らないだろう」から始まるそれは外の世界の世知辛い出来事のお話でした。猫に追われて死にそうになった話や、鼠取りに引っかかって仲間が死んだ話。でもくまはその話を聞くのが好きでした。なぜならねずみは最後にいつもこう言ったからです。

「なあ、くま。そうやって外の世界ってのは、危険なことや恐ろしいことばかりなんだ。それに比べてここにいるおまえは幸せだ。そんな目に合わないからな」

 夜になるとどこからか、虫たちが羽を擦り合わせて奏でる音楽が聞こえてきました。屋根の隙間に巣を作った鳥たちはそれに合わせて歌いました。それは静かに美しい夜の音楽会です。くまはいつしか屋根裏の暮らしも好きになりました。

「そうだろう、くま。ここは悪いところじゃない」ねずみが繰り返し言うように。

月のきれいな夜

 それから何年か経ったあるとても月の丸い夜のことです。くまは丸い月を見ると、男の子と窓から月を眺めたことを思い出しました。

「ねずみさん。ぼくのお腹にちょっと穴が空いてないかな?」

くまがその度、ねずみに尋ねるので、

「また、思い出しているのか。いいかげん忘れろ、なぁ、くま」

と言いながら、ねずみは時々、月に祈るような気持ちになりました。

「なあ、月の女神様よ。あんたならできるだろう。このくまのお腹の穴をなんとかしてやってくれないかな。俺にはこの穴を塞いでやることができないんだよ」

そんな時です。突然、壊れかけた東の窓からフクロウが迷い込んできました。ねずみはひっくり返って驚きました。それから急いで、壁の穴に逃げ込みました。フクロウはねずみを食べるからです。

「はて、どうしてこのようなところに迷い込んでしまったのか」

フクロウは羽をたたみながら、悠長な口調で言いました。

「こんばんは」

くまが話しかけるとフクロウは目を丸くして、首を一周まわしてから、くまを見ました。

「あの、ぼくはくまです」

フクロウはしげしげとくまを眺めました。

「わしはフクロウじゃ」

「おや、これは森にいるくまとは少し何かが違うようだが、確かにくまに違いない。なぜこんなところにおる?」

「ふむ。この大きさであると、まだこどものくまであろうか」

「となると迷子になって、こんなところに迷い込んだのであろうか」

 フクロウは首を何度もくるりと回しながら、くまに答える間も与えず、一人で考え込みました。

「ぼくは迷い込んだんじゃないよ。捨てられたんだよ」

 くまが言うと、フクロウは目の上に生えた長い羽をしょんぼりと下げて、首を傾けながら言いました。

「なんとかわいそうな子だ。捨てられたとそんなはっきりとした口調でいうとは。ふむ。しかし、それでもくまは森に暮らさねばならん。こんなところで暮らしていては、いつかくまでさえなくなってしまうかもしれないぞ」

「くまじゃなくなると何になるの?」

「そうじゃな、差し詰め、ボロ切れというところか」

 くまは何も役目がなくなった上にくまでさえなくなったら、困るように思いました。フクロウはしばらく目を閉じて考え込んでいましたが、何かを思いついたように目を開けると、鋭い鉤爪のついた足でくまを何度かつつきました。

「よし、ここに迷い込んだのも何かの縁、わしが連れて行ってやろう。ここからしばらく西へ行ったところに、大きな木に守られた森がある。まだ少し魔法の残っている森じゃ。そこならおまえさんもやっていけるじゃろう」

と、くまをかぎ爪にひょいっと引っ掛けたので、くまの体がふわりと浮かび上がりました。

「あ」

そしてフクロウは東の窓に飛び乗ると、

大きく立派な羽をゆっくり広げました。

壁の穴から様子を見ていたねずみがあわてて、フクロウが飛び立つ瞬間にくまの足に飛び乗りました。

「俺を置いていくなんて、水臭いじゃないか」

夜空

 あっという間にくまとねずみは夜の空を飛びました。

 羽を広げたフクロウが見せた夜空は、窓から見ていたよりずっと大きく、ずっと輝いていました。

 くまはフクロウの足にぶら下がりながら、こんなに広い夜の空を初めて見ました。

大きくて丸い月、いろんな星座が追いかけっこをしています。さっきまで遠くにあった月も今はすぐ近くにあります。

 くまは足をバタバタさせたい気持ちで星たちを眺めました。

ねずみもくまの足にぎゅっとしがみつきながらも、「ひゃっほう」と声を上げました。

 夜の空を流れる風はとても心地よく、バサリバサリと羽を広げるフクロウに揺られ、だんだん眠くなりました。

 ばさ、ばさ、

 フクロウは飛ぶ

 ばさ、ばさ

 大きな翼をゆっくり動かして、

 星空には無数の物語

 夢の中では星座たちが白鳥や雄牛や犬やいろんな姿で楽しそうに、星空を自由に動き回ってしました。

 一羽の羽の生えた馬がくまの鼻先へやってきて、

「何をしている、君も行こう」と言いました。

その瞬間、くまの体がふわふわと浮いて、手足もバタバタ動きました。

「わぁ」

 くまはペガサスと一緒に空を飛びました。体がこれまでにないほど軽く、空はどこまでも続いて、とてもいい気持ちでした。

くまは束の間

 夢を見た

 銀河を飛ぶ

 白鳥やペガサスと遊ぶ夢

 

大きな木の森

 夢から覚めると、くまは森の中にいました。

「良いか、くま。ここがおまえさんの暮らすべき森だ。わしにはわかる。おまえさんはちょいと風変わりだが、この大きな木の守る森で立派に暮らしていけるはずだ。むしろ、おまえのようなものがこの森の本当の力を呼び覚ますかも知れぬ」

 フクロウが昨夜、寝ぼけ眼のくまに言ったことを思い出しました。

 くまと衝動的にくまについてきたねずみは、森にポツリと残されました。

「さて、くま。フクロウの親切だかおせっかいだかで、こんなところまで来ちまったが、どうする?まったくなんでオレまでこんなところに。飛んだ災難だ」

ねずみはくまの隣で嘆きました。

 その時、ふとくまは自分が二本足で立っていることに気づきました。

右足を動かしてみると ひょこ。動きました。

左足を動かしてみると ひょこ。動きました。

 くまは嬉しくなって木の周りをひょこひょことぎこちなく歩きました。土と枯れ葉の地面はふわふわとして、良い心地でした。

「ねずみさん。ぼく歩けるよ」

 くまは夢中になってどんどん歩きました。

「おい、待て、くま」

ねずみは慌ててくまを追いかけました。

 くまはしばらくの間、飽きもせず、大きな木の周りを歩き続けました。以前森を訪れたのは男の子に抱えられてやってきたピクニックでした。あの時も森は素敵だったけれど、自分で歩く楽しさはまるで違います。

森の匂い。

森の小さな音。

森の気配。

 くまは少しよろけて、大きな木の幹に頭をぶつけるとひっくり返りました。見上げた大きな木は空いっぱいに枝を広げ、葉っぱの間から、白い雲が見えました。

「あなたが魔法をくれたのですか?」

くまは心の中で言いました。木は何もいわず枝を揺らし、葉を散らしました。

「くすぐったいや」

「さて、くま。これからどうする?」ねずみが神妙な顔で尋ねると、

「ぼく、森のくまになるよ」くまは言いました。

森の生活

 くまとねずみは森のくまになるにはどうしたらいいかを探すため、大きな木の周りに広がった森の中を歩きました。

 森にはたくさんの木漏れ日がちらちらと影をつくり

くまはあちこちに気を取られ、何度もころびながら歩きました。

 ねずみはいまにも危険がやってくるかもしれないと枝を剣のように持ち、鼻をふんっと鳴らしました。

 森にはいろいろな動物がいました。うさぎやリス、きつねやしか、フクロネズミ、モモンガや鳥たち。それからイノシシやオオカミが暮らしていました。出会ったことはありませんが、本物のクマもいるはずです。夜になればフクロウにも会えるでしょう。

 くまとねずみは森の動物たちの様子を眺めながら、真似をすることにしました。

 ほとんどの動物はいつも餌を探していましたから、くまたちもそれを真似して、餌を集めました。ブナやどんぐりやくるみの実、木の皮や木の根も集めました。

「都会も森もやることは同じだな」ねずみは悪態をつきました。

「よし、食料もずいぶん集まったし、次は巣穴を探さなくちゃな」

ねずみは大きな木の根元に集めた、木の実や木の皮を眺めて言いました。

「こいつを隠しておかなくちゃならないぜ」とくまを振り返ると、

「おーい、たすけておくれ」

木の根に足を引っ掛けたくまが、倒れていました。

ねずみは転んだままジタバタと手足を動かすクマを見ながら、呆れて言いました。

「まったく、ただ歩いているだけで、どうしてこんなことになるのだか」

なかなか抜けませんでした。

「これは大変だ。くまおまえも足を強くひっぱれ」

 ねずみはくまのお尻を力いっぱい押して、なんとか抜け出すと、くまは木の根の間を転がって、幹にぶつかりました。

「いてててて」

すると、そこに積もった枯葉で隠れていた横穴が現れたのです。

「これは、巣穴にぴったりだ。でかしたぞ、くま」

それから二人は横穴の中の枯葉をかき出したり、枯れ草を運んだり、枝をたてて入り口を整えて巣作りをしました。

「これでなんとか、整ったな」

ねずみが満足そうに言いました。

 巣穴の中には枯れ草を敷き詰めたベッドと食べ物があるだけです。くまはなんだかあまり嬉しくありませんでした。

 テーブルやお茶のセットや真っ白なシーツや絵が飾られていません。屋根裏にだって、破れたカーテンや蝋燭立てがあったのに。

「おい、くま、贅沢言っちゃいけないぜ。これが森の暮らしってもんだ」

くまはそう言われて、仕方なく、枯れ草のベッドに横になりました。

 もう最初の冬が近づいています。森は少しずつ眠りにつくのです。

こうして次の春が来て、

また次の冬が来て、

何年も、何年も経って、

目覚めた朝が今日だったのです。

巣穴の今日

今ではくまの巣穴にはやわらかい布でできたシーツもかかっているし、はちみつを入れる瓶も、まぜるスプーンも。木の実をしまう木箱も葉っぱのお皿もあります。壁には絵もかかっています。

 不思議なことに、春が来て目を覚ます度、森が少しずつ変わっていったのです。

 うさぎさんがお菓子屋さんを始めたり、リスさんが針と糸を持って布を縫い始めたり、シカさんが枯れ木をテーブルや椅子に変えたり、モモンガさんがお花を配ったり。キツネさんは絵を描きました。くまのおぼろげな記憶にある幸せな暮らしのものが毎年少しずつ、増えていったのです。

うさぎはいいました。

「なぜだか、そうしたくなったの。木の葉と木の実を別々に食べるより、きれいに飾った方が素敵に思えたの。そうそう、あの変なくまさんを見かけた日からだわ」

きつねもリスもみんなそういいました。

「そうそう、あの変なくまさんが森に来てから」

 でもくまはそんなことは知りません。

 ただみんなの真似をして森のくまでいようとそれだけを思っていました。

 会えば、森のみんなに挨拶をしましたが、何年も何年もねずみと二人で森のくまになることだけを考えて暮らしていました。

そのねずみも数年前に寿命がきて死んでしまいました。

 ところが今日、くまは突然思ったのです。

「もしかしたら、これが最後のクリスマスかもしれない」

くまはめずらしく、大きな声を出したので、自分の声に驚いて手に持っていたお茶をこぼしました。

「ねずみさん。のんびりしてはいられないよ。僕には何かやらなくちゃならないことがある気がする」

 くまは壁のねずみの絵に向かっていいました。

「いったいどうしたんだ、くま。気でも触れたのかい?」きっとねずみならこう言うだろうと思いました。

「なんだかわからないけど、何かしなくちゃ」

くまはマフラーを巻くと、急いで巣穴を飛び出しました。

「どういうことだ、くま。おまえももうじき死んじまうってことか?」

頭の中にねずみの声がしました。

「わからないよ。でも今何かしないといけない気がするんだ」

 森 冬のかけら

 外に出ると、森には今朝感じた冬のかけらが、至る所に入り込み始めていました。

 くまは森の広場に着くと、急足で歩いてい た足をぴたりと止めました。

「でも、いったいぼくは何をしたらいいのかな?」

「まったく、考えなしもいいとこだぜ」

ねずみならそう言ったでしょう。

その時、くまの鼻先に甘いとても美味しそうな匂いがしてきました。甘い匂いに誘われて、くまはお菓子屋のうさぎを訪ねました。

 うさぎは毎年見る度に忙しそうにしていました。うさぎの始めたお菓子屋さんは、最初は葉っぱに木の実を乗せただけのお菓子が置いてありましたが、今では森の食べ物を使った、昔くまが街で見たような焼き菓子がたくさん並んでいます。

「うさぎさん、こんにちは」

「あら、くまさん」

くまはうさぎに今日思ったことを伝えました。

「つまり、何かしたいけど、何をしていいかわからないのね」

くまはこくりとうなづきました。

「だったら。私を手伝ってよ。これからクリスマスまで贈り物の注文が山積みなのよ」

うさぎはいいました。

くまはまたこくりとうなずきました。

くまはその日から、うさぎのお手伝いをすることになりました。

思い返すと、くまが森に来て初めて出会ったのもうさぎでした。

うさぎのお手伝い

 くまの仕事はお菓子の入った贈り物の箱、森の誰かから、森の誰かへの贈り物。それをみんなの住処に配達することです。

 慣れない道をよろよろ、途中でコロンとひっくり返ったり

 起き上がったりしながら、箱を持ってトコトコ

 くまは地図をなん度も確認しましたが、箱を持つことに気をとられて道を何度も間違えました。動物たちの住処は木の上にあることもあったし、土の中にあることもありました。それでもなんとか、毎日少しずつ、贈り物を届けることができました。

贈り物をもらった相手はみんなとても嬉しそうにしました。

「ああ、これはアライグマさんからの贈り物ね。ありがとう、くまさん」

くまにもお礼を言ってくれました。でもくまにはわかりませんでした。

「どうしてみんなおくりものをするのだろう、

どうして、みんなおくりものを開けるとき、嬉しそうな顔をするのだろう」

「それはお菓子が嬉しいからじゃないか?美味しいからな」

頭の中のねずみはいいましたが、くまには箱の中にはもっと別のものが。くまの知らない良いものが入っているのではないかと思いました。

そうして、一日、一日と、クリスマスが近づいてきました。

くまはこの森のすべての住人に会ったような気がしました。

 リスさんからシカさんへの贈り物もあれば、シカさんからキツツキさんへの贈り物もありました。キツツキさんからまたリスさんに送ることもあり、森中が贈り物をしあっているのです。

 くまは贈り物の意味もわからないまま、黙々と箱を届けました。道を間違えることも少なくなったし、コロンと転んでも一回転して起き上がることができるようになりました。

クリスマスの前夜

「くまさん、これが最後よ。お手伝いご苦労様。今年はくまさんのおかげで本当に助かったわ」

うさぎはくまに感謝しました。

そうして、もうすっかり、冬の気配になった森で、くまは最後の贈り物を届け終えました。

 その帰り道、くまは森を歩きながら、空気がずいぶん冷たくなって、冬眠の時期がすぐそばに近づいているのを感じました。くまは大きな木の下まで戻ってくると、立ち止まって木を見上げました。その昔、フクロウと空を飛んで、最初に降りた場所です。

「そういえば、僕は一度も、クリスマスのおくりものをもらったことがないな」

その時、木の上で何かがきらりと光ったかと思うと、今年初めての雪が、木の枝の隙間から

ひらひら、ひらひら

右や左に揺れながら、

ひらひら、ひらひら

小さなクマの手のひらに

舞い降りてきました。

 その雪の結晶を手のひらに受け取ったとき、

くまはなんだか、とても悲しい気持ちになって

はじめて、ひとりぼっちは寂しいと思いました。

大きな大きな涙がくまの目の奥から

こぼれ落ちました。

「なぜだろう。これが涙っていうものかな。どうして目の中から出てくるのかな。これも大きな木の魔法かな。でも今度こそ、僕のお腹には大きな穴が空いて、そこに涙がたっぷり詰まってしまっているんじゃないかな」

 頭の中のねずみは何も言いませんでした。

 くまは涙をこぼしながら、とぼとぼと大きな木をぐるりと回って巣穴に向かいました。

うさぎのお手伝いをしたけれど、

僕は本当に何かできたのかわからない

ねずみはいつも僕のそばにいてくれたのに

僕はねずみに贈り物をあげたこともない

僕は森のみんなの真似をして

餌を探して、巣穴を整えて

何年も暮らしているけど

ぼくは誰かに贈り物をあげたこともない

男の子は僕を忘れてしまったかな

ママさんの言っていた言葉なんだっけ

僕は忘れてしまったかな

また冬が来て

眠るんだ

もしかしたら、もっと深く眠るんだ。

トコトコ、

とぼとぼ。

トコトコ。

とぼとぼ。

トコトコ、

とぼとぼ。

トコトコ。

とぼとぼ。

すると、くまの巣穴の入り口に大きな贈り物の箱が置いてあることに気がつきました。

 そこには「くまさんへ」「森のみんなより」

と書いてありました。

 くまはとてもおどろいて、溢れていた涙も引っ込んで、今度は嬉しい気持ちがお腹の中から溢れてきました。

あんまりに心が浮かれたので、少しだけ浮かんでいたかもしれません。

「ぼくのおくりもの」

 リボンをほどいて中を開けて、くまはその箱の中に逆さになって、頭を入れて確かめました。箱の中には森のみんながくれたたくさんのうさぎの焼き菓子と、くまのずっと知りたかったものが入っていました。

「ああ、これがみんなを笑顔にしていたものの正体か」

 それは初めて生まれたときのママさんの声や暖炉の音、男の子に抱きしめられた時の温かさや、屋根裏の音楽会、森でねずみがずっとそばにいてくれたのと同じ幸せの香りがしました。

 小さなくまは、初めて、贈り物を受け取る気持ちを知ったのです。

「かわいいくまさん。あなたは贈り物。だからたくさん幸せを送って、あなたも可愛がってもらうのですよ」

 そしてくまはそのままゆっくりと長い冬の眠りにつきました。

今度は誰かに贈り物を贈る夢を見て。

僕たちはみんな誰かを幸せにするために
生まれている。
本当だよ。
みんなにたくさん可愛がってもらうために生まれている。
それも本当だよ。
贈り物の中に入った、幸せの香りは一瞬で誰のことも笑顔にする。

ぼくはおくりもの
きみもおくりもの

*絵本はこのお話をギュッっと一番大切なところだけ切り取っていますが、魔法は同じです。