ピンクの月が登る頃

水玉物語#060メランコニア
ピンクの月が
僕らの世界に
のぼるとき
  
 レイとミアの恋人同士の二人は、いつも寄り添って微笑みながら歩いていました。その姿は秋には金色の落ち葉や、春には銀色の綿毛をまとい、どんな時も美しく、輝いていました。二人の姿は人々を幸せな気持ちにさせ、憧れを抱かせる理想でした。

 二人はごく自然に幼い頃から一緒にいました。両親たちはとても仲がよく、週末やバカンスは共に過ごしました。大人たちがワインを傾けながらおしゃべりに夢中になっている間、二人は庭や避暑地の自然の中で遊びました。

 学校に入っても二人にとって一緒にいることは自然なことでした、周りも二人が一緒にいるのを好みました。二人は周りより大人びていたので、望まれるように振る舞うことに慣れていました。

 二人は何をやっても優秀でした。けれど、そっと誰かに出番を譲る優しさや、たしなみも持っていました。美しく、育ちもよく、何でもそつなくこなす二人は、どこへ行っても注目され、知らない人にさえ愛されていました。

 二人は高等部に進みました。同じように愛される日々が続きました。

 放課後になると、二人はレイの屋敷の裏にある湖に向かい、浮かべたボートに乗り込んで、ゆっくりと中心までオールを漕ぎました。そしてオールを引き上げ、寝転んで空を眺めました。聞こえるのは水の揺れる音とかすかな鳥の声だけ。

 ここはレイが越してきた頃に二人が見つけた小さな湖で、低い木々に隠され、誰にも気づかれない二人だけの秘密の場所でした。

「僕らはずいぶん恵まれているね」
「うん、何もかもできすぎているわ、まるで誰かの書いた詩の一節みたい」
理想の二人が
歩くと鐘がなり
雲間から天使の歌が
聞こえました
 ボートが風にゆっくりと流され、水音だけが聞こえてきました。
ここにいると世界に二人しかいないような気持ちになる。僕らは何度も何度も姿を変え、関係を変え、世界を歩き、無限に旅をしている気がする。
「正直言って、退屈だ」

「うん。そうだね。でも私、理想の二人っていいなって思ってたよ」
 私たちはまるで誰かの書いた物語の中を漂っているように感じていた。悲しいことも苦しいこともない代わりに、静かに疲弊していく。この世界で幸せというのは、薄めた毒薬みたいなものなのかな?
 ボートはゆっくりと湖を回り、淵に張り出した木々の枝先が見えてきました。視界の端に緑の小さな葉が揺れ、カラスが二羽、空へ飛び立ちました。
「あの月かな?あの月が変わらなくちゃいけないんだ」
レイは登ったばかりの月を指差した。ミアは片目を瞑ってその指の先にある月を見つめました。
「月のせいにするなんて、かわいそう」
「でも、それしか思いつかない」
「それじゃ、この月をピンクに塗ったらどうかな?」
 ミアはポケットからピンクのペンを取り出して、空に絵を描こうとしました。
「うん。それこそが新しい僕らの月かもしれない」

 二人は目を閉じて空に浮かぶピンク色に輝く月を思い浮かべました。

その月はきっと私たちを自由にしてくれる。その月の下で身軽になって、どんな困難にも負けず、乗り越えていくの。

 目を開けて静かに微笑みあった二人は、オールを漕いでまた日常に戻っていきました。
 その日、ミアは息を切らして、めずらしいほど急いでいました。
「レイ、レイ」
図書室にいたレイを見つけると、その手を取って走り続けました。
「どうしたの?」
不思議な顔をしたレイを連れて向かったのは、暮れ始めた屋上でした。
「見て!」

 ミアが指差した先に目線を運ぶと、空には大きなピンクの月が浮かんでいました。二人は顔を見合わせました。

 「月がピンクになった。本当にピンクになったんだよ。あたらしい世界が始まったよ」ミアは頬を赤くして言いました。
私たちはいつしか壊れない世界や、簡単な永遠を願ってしまった。そうすれば二人には何も怖いものはないと思った。でもそれは違った。きっと不安だからお互いを確認し合うし、不完全だからその隙間を埋めようと懸命になる。愛するってそういうことなんだ。
レイはポケットに片方の手を入れたまま、まっすぐな目で新しいピンクの月を見つめ、もう片方の手でミアの手を取り、静かに頷きました。
僕たちは長い長い時の中で恋をした。もう大丈夫、勇気を持ってその先へいこう。

ここからは
新しい世界