水玉物語#073メランコニア
君の歩く 不協和音は 奇跡を かなでる
その朝、早くベルの家のポストに読んだことない新聞が配達された。何かの間違いかも知れない。ベルは新聞を受け取ると、まだ半分眠ったまま、窓辺のテーブルに座って、たっぷりと入れたミルクティーを飲んだ。 ふと、その新聞を開くと、そこにはたくさんの記事があった。ベルはそれを眺めながらタイトルを目で追った。それからサブタイトル。そこには悲しく、不幸な出来事が並んでいた。ベルは何かハッピーになるような記事を探したけど、見つからなかった。 私たちが住んでいた世界はこんなにも悲しく、気を落とすことばかりおきていたのだっけ?わからない。そうだった?そうじゃなかった? ベルは新聞を読み続けた。心の中に暗い影を広げていく世界のお話たちを。これは本当にあったことで、変わらない事実? ため息をつく。 それにしても悲しいことがなんと多いこと、戦争や飢餓や不幸な事故や経済の不安や異常な事件。どれも同じようで、それでいてそれぞれに無数の人を苦しめる。それをこんな風に伝えて人々が共有して、永遠になくならないとも思えるそんな出来事の中に暮らしている。
ベルは考えてみた。もっとハッピーな新聞とはどんなものだろう。 そして紙とペンを取り出して、描いてみようと思った。朝の光が柔らかく青い線の入った便箋を照らした。戦争の代わりに平和。飢餓の代わりに発明。幸福な事故。豊かであり続ける大地。夢のような素晴らしいめくるめく事件の数々。 でも結局ベルは頭の中で考えるだけで、何ひとつ書けなかった。 「だって私は新聞記者じゃないもの」 そう言ってみたけど、なんだかとても気落ちした。 なにひとつ幸福が描けないと言うことかしら? 私も。 そしてまた新聞を眺めると、一つ、小さなコラムに目を落とした。
「A Young Man's Sunday.」 『僕の一日は壊れかけた目覚ましから始まる。壊れているので小刻みにとても不快な音をたてる。僕はさっき眠ったばかりなのにもう起きる。昨日の夜は彼女の夢を見た、彼女は夢の中でも僕について批判を繰り返した。彼女の口から聞く言葉はもうここ何年もノットで始まりマストで終わる。まさか夢の中までやってくるなんて。もう彼女とは会わないことにしよう。だって寝不足で僕は酷い顔をしているから。貴重な睡眠をこれ以上邪魔されるのはうんざりなんだ。というより、僕の人生を邪魔されるのは。僕は目を覚ますとシャワーを浴び、そしてソファに寝転んでラジオをつけた。そして今日は何をしようかと考えた。冷蔵庫を開けると何も入っていなかった。ミルクを飲もうとすると腐っていた。ミルクを流しに捨てたら、酷いにおいがキッチンに立ち込めたので、僕は外に出た。すると、数分も歩かないうちに彼女に会ってしまった。もうさっき、二度と会わないと決めた彼女に。「あなた、髪に寝癖がついて酷いわよ、それにそのシャツの色は最悪だわ」僕は知っていると言った。「知っているんなら直すべきよ」彼女はそう言って通りの向こうに行ってしまった・・・・・』
ベルはそのコラムを半分ほど読むと、呆れたようにため息をつきました。なんて冴えない始まりなのかしら、それに意味すら見つけられないわ。 けれどベルはその冴えないまま続く男の一日を読み進むうちに、なぜだかすこしずつハッピーになった。理由はまるでわからないけれど。 その不幸な出来事を集めた新聞の中でひときわ冴えないその文を読んで。 なんだか、ちゃんと眠たい目を開けようと思った。悲しい現実を見据えることは美しいことにつながるのかもしれない。 なんて。 でもなぜそう思うのだろう? なんだか心が温かくなった。山を登り空気が澄んでいくみたいに。
それから私は毎朝、目を覚ますとたっぷりとお茶を入れ、新聞を読むのを楽しみにしている。その新聞の片隅に書かれたコラムをとても楽しみにしている。 悲しい事件やさまざまな困難に彩られた新聞の一面の中に、ひときわ冴えない男の変わり映えしない日々のコラムを読むと、なぜだか元気が湧いて、今日も頑張ろうと思う。 美味しいもの食べて、 赤い唇でたくさん笑って、 新しいことに敏感になって、 無駄足たくさん踏んで、 胸を張って歩いていこうと思う。 世界に残されたキラキラとした、希望のかけらをこの手で掴み取ってやろうと思うのです。変な話だけれど。