水玉物語#066メランコニア
なぜ、君の目は黒く それほど美しいのか
彼はカラスと呼ばれていました。 同じ学生なのに、彼には驚くほど悪い噂がたくさんありました。人を騙して丘の上の屋敷を手に入れたとか、身体中に刃物の傷があるとか、後ろめたい取引をしているとか、血も涙もない冷血だとか。悪魔の化身だとか。 みんな彼を不思議なほど恐れ、顔を合わせてはひそひそと悪く言いました。まるでそうすることで、自分たちが清らかになっていくかのように。先生たちは私たちに近づいてはいけないよ、と言いました。 でも私は、その半分はやっかみだと思います。もしくはみんなこそ悪しき魔法にかかっているのだと。なぜなら、彼はとても美しいから。とても綺麗な、飛び跳ねた黒い髪、背が高くて少し丸まった背中、とても知的で鋭い黒い水晶みたいな目。 カラスはというと、皆のよそよそしい様子を気にしてるのか分からないけど、学校に出て来ることはめったにありませんでした。必要なことは使いの人が行っていたし、彼はきっと何か私たちには想像もつかないことで忙しいのだと思います。 私は彼に近づいてみたいと思ったけれど、その勇気もチャンスも、ごくあたりまえの私の日常にはありませんでした。
私の日常というのは、学校へ行って、退屈な授業を受けて、放課後に友達とおしゃべりをして、宿舎に帰って、宿題を片付けて眠るだけ。宿題が片付くと、私は机の上に頬杖をついて、窓の外を眺めながら、カラスのことを考えました。カラスは今日もひどいことを沢山しただろうか?傷ついた人に追い討ちをかけるようなひどい言葉を言ったり、誰かが泣きながらするお願いを、冷たい沈黙で無視したり。それで、また人に恨まれているのだろうか。 私の周りの子達はみんな楽しいことや美味しいものや、小さな恋のことしか考えてないのに、どうしてあなたはそんなに離れた世界に生きているのでしょう。私にとって彼は、真っ黒なフェアリーテールだったのかもしれません。
ある夜、私は小さな呻き声を聞いて、気になってそっと外に出てみると、怪我をしたカラスが庭の茂みにうずくまっていました。 私はカラスを誰もいない医務室にに連れて行きました。 「これで、とりあえず、血が止まったけど、ちゃんと手当てをしないと」そう言うと、カラスは「おまえは俺が怖くないの?」と聞きました。私はその目をじっと見て、「わからない。みんなは、あなたは怖い人だというけど、私はあなたのこと、とても綺麗だと思うの」 私がそう言うと、カラスは「変なやつ」と言い、それ以上は何も言いませんでした。 カラスの手当てをしながら、少しずつ自分の心が解放されていくのを感じました。 私はいつも窮屈だったのです。この街も、この学園も、女の子達との語らいも、制服も、リボンも、赤い靴も。 カラスは何も言わず、私の心を読んでいるかのように思えました。自分でもわからない、隠し持っていた言葉がポロポロこぼれ落ちていきました。
包帯を巻きながら、いたたまれない気持ちになって、ポロポロポロポロ涙が出ました。こんな時、踊れたらいいのに。 カラスは私をじっと見つめたまま何も言いませんでした。
気がつくと、私はカラスの黒いコートをかけられて眠っていました。彼は何も言わず、いなくなっていました。夜明け前の闇の中へ。私はコートを羽織って外へ出ると、宿舎には戻らず学園の裏に広がる丘へと登りました。 朝日が近づいてくる、早く早く。ゆっくりと急いで。 丘の上の大きな木までたどりつくと、追いついた大きな朝日を見つめました。 それからも平凡な日々は続いたけど、私はめくるめく速さで大人になっているように感じました。美しく強い女になるの。カラスを指に止めて、その鋭い嘴を撫でて、あなたを癒せるくらい。 このフェアリーテールは私が書き上げるのです。