水玉物語#079 パラディシュナ
一千年の時の中 次の千年は 夢の中
とても長い歴史のある街がありました。ここは王宮を守るために作られた街です。 街の建物にはこの国を守るための様々な言葉が刻まれ、建物の上には、天使や女神、聖人や守り神たちの像が置かれ、街を守ってくれていました。 入り口の大きな門には二羽の天使が羽を広げ、善と悪の象徴とされていました。天使と悪魔ではなく、白い天使と黒い天使です。これは「たとえこの街で悪いことが起きても、それは本物の悪魔ではなく、機嫌を悪くした黒い天使の仕業なので、案ずることはない」ということなのです。 王様はちゃんとこの門に書き記しています。「ここはすべてのものが幸福に楽しい夢を見て暮らせるように作られた国」と。とても楽観的で芯の強い王様だったのです。 その願いの通り、王国は長い間、平和に栄えました。その間もちろん悪いことは起きましたが、それはほんの少し機嫌を損ねた黒い天使の仕業、少し良い行いをして静かにしていれば大丈夫と、おおらかに過ぎていきました。 それから千年近くたち、街の入り口を守る門や石像を乗せた建物は変わりませんでしたが、そこに暮らす人々はすっかり変わってしまいました。
これはその上にいる黒と白の天使とその周りの石像たちのお話です。 すっかり夜になると、彼らはほっと息をついておしゃべりを始めます。何しろもう千年近くここでこうして、変わりゆく街を見下ろしているのです。いろいろと思うこともあります。 彼らはその場所でその街を守りながら、街の均整を取ってきました。この世界にはいいことばかりで悪いことが起こらないことはないし、悪いことばかりでまるでいいことがないということもない。それは受け取り次第でもあるし、対処の仕方にもよる。それをほんの少し聖なる風をふかして整えるのです。ふっと。 けれど、いささか疲れました。良くても悪くても人は満足せず、どんなに積み重ねてもやがて壊れてします。間違っても正しくても行きつくところはさほど差がないようにさえ感じます。 彼らが千年の時をかけて見出した結論は、人間とは良いと悪いの間をうろうろしているのが好きだということでした。
なので彼らはもうこの街の善悪や運命を司るのをやめて、好きにすることにしました。白くあることも黒くあることにも疲れ、古臭くも感じました。聖人たちも聖人であることに、女神であることに守り神であることに。世界はもう以前のように私たちの力を必要としていないのですから。 記念すべき千年目の夜、二羽の天使はついに硬い石の衣をバリバリと壊して、その中から腕を伸ばし、足を踏み出し、それから羽を左右に大きく広げました。その軽いこと、この上ありません。天使たちに続いてみんな重たい石の皮を脱ぎ始めました。 そして誰もいない広場に降りると走り回ったり、空中で旋回したり、街路樹の鈴を鳴らしたり、噴水で水浴びをしたり、長い髪を梳いたり、聖なるグラスを傾けたりしました。 こうして夜を自由を楽しみました。
そこに眠れずに一夜を過ごしたパジャマ姿の小さな女の子がやってきて、彼らのことを見て、立ちすくみました。天使たちも動くのをやめ人間に見つかってしまったことをどうしたものかと思いました。 女の子は天使や女神のことを古い絵の中でしかみたことがないので、恐れながら聞きました。 「あなたたちはお化け?」 天使たちは驚いて顔を見合わせました。お化けといえば、何か恐ろしいものを想像してしまうが、僕たちもきっとお化けなのだろう。それにしてもお化けだなんて、なんて軽い総称だろう。 「ああ、お化けだよ」 白い天使は言いました。 「みんなお化けなの?」 「ああそうだよ」 黒い天使が言いました。 「お化けがこんなところで何しているの?」 白い天使は考えました。何をしている? 女神が噴水で髪を洗ったり、あてもなく飛び回ったりしていましたが、お化けは本来何をするんだろうか? 「ピクニックだよ」 と、答えました。女の子は目を見開いて、 「お化けがピクニックするの?」 といいました。白い天使は少し間違ったかなと思ったけど、 「そうなんだよ。ついでに街の人を怖がらす相談をしているんだよ」 と黒い天使が付け足すと、女の子は納得したようでした。 「ねえ、お化けは夜明けには消えちゃうの? 白い天使は、そうなのかと思い。 「そうだよ」と言いました。 「じゃ、あと少ししたら消えちゃうの?」 「そうだよ。だから、大人の人には今夜のこと黙っていてくれるかな?」 「どうして?」 「お化けのことは内緒なんだ。その代わり、君を乗せて空を飛んであげるよ」 女の子は頷きました。
女の子は白い天使の背に乗って、街を上空から見下ろしました。とてもきれいな街でした。時とともに変わっても上空から見れば街は千年前のままです。女の子は白い天使の首にしがみつくと、耳元で言いました。 「最近怖いの。この街がなくなってしまう夢を見るの。怖い何かがやってきて壊してしまうの。ねえ、お化けならそんなことにならないように、怖いものたちを脅かしてこの街に入れないようにできるよね?」 天使はゆっくり塔の回りを旋回しながら言いました。 「できるよ。何しろお化けだからね。僕たちが脅かしたらすぐに逃げていくだろう」 「そっか、よかった」 女の子はほっとしたようで、目をこすりあくびをしました。 「まだ夜が明けるまで少しあるから、帰ってお眠り」天使は女の子にささやきました。
天使たちは夜が明け始めると、慌てて脱ぎ散らかした石の衣を身にまとい、元の石像に戻ることにしました。 「ねえ、もうやめるんじゃなかったかしら?」 「仕方ないでしょう。約束してしまったんだから。まだまだ僕たちにはこの街を守らなくてはならない理由があるようだ」 「それに今度はお化けとして過ごすと思うと、少し楽しくならないかい?」 「もう、だったらもう少し綺麗に脱いだのに」 「まぁいいか、少しくらい違っても誰もわからない」 「何しろ千年もこうしているんだから」 「それに僕たちはこれからは単なるお化けなんだから。肩の力を抜いて気楽にいこうじゃないか」
街の人たちは街の上の石像たちの様子が少し変わっていることに、まるで気づきませんでしたけれど、女の子はあれから不安で眠れないことは無くなり、街は少しずつ新しく変わりはじめました。千年続いたこの街は今も守られています。けれど、天使たちは重たい使命を下ろし、ほんの少し楽しくするいたずらをしたりして楽しんでいます。それから夜の広場で遊ぶことも。