夢を見た

水玉物語#093サーカスシティ

私は夢をみました
とても美しい夢でした
 幼い頃、悲しいことが多かった私は、夢を見ることに逃れました。そんな時は浅い夢の世界を次から次へ旅をしているように、いくらでも眠ることができました。そうして私はある一つの夢の街にたどり着きました。

 それは丸く大きな金色の月の夜、その街の広場や通りでは何か特別なお祭りが行われているようでした。たくさんの人たちが華やかで少し風変わりなドレスを着て、楽しそうに歌ったり踊ったりいました。その街には私が知る現実の棘のような痛みも、悲しみの影もなく、明るく、美しく、優しく、楽しさに包まれて暮らしているように思えました。私はまだ彼らの仲間になるには幼かったので、その様子を見ているだけでした。けれどいつか彼らのようになって、その街に暮らせるなら、と心から夢を見ました。

 私はその中で一番輝いている花のような女の人に、どうしたらあなたのようになって、この街に暮らせるの?と尋ねました。彼女は少し考えて、「夢を見続けること。それからいつも素敵な服を着て、その服が似合うような素敵なあなたになること。そしたらいつかこの街から迎えがやってくるわ」と言いました。
目を覚ましてまた夢を見る
 その夢から目を覚ました私は、前ほど眠らなくなり、泣くこともなくなりました。心に夢を描いていると、現実は前よりも薄くなって、まるで少しスローなモノクロ映像を見ているように思えました。同じものを見ても傷つかなくなったし、たとえ悪意のある言葉を投げかけられても、優しく返すことさえできるようになりました。

 その夢の世界を待つ私には、現実が些細なことになってしまったのです。

 私は彼女の教えてくれた通り、夢を見続け、いつもあの街に似合う衣服を着ていることを何より大切にしました。それからもちろんその服が似合うように過ごすこと。

 そう決めたら、生きることはとてもシンプルになりました。素敵な服をいつも着ているために、背筋を伸ばして、清らかでいる。たくさん働く。いつも何が素敵なものか好奇心を持って。その服に似合うように丁寧な言葉を話し、人には親切にする。
夜の中に輝くもの
 ある日、私は驚くほど夢の街を思い出すドレスたちを、窓辺に並べた店を見つけました。私はすぐにでもそのドレスを手にしたいと思ったけれど、店は長い間閉まっているようでした。それでも私はせめてもう一度見てみたいと、真夜中にそのお店の前に行くと、中は真っ暗なのに扉が開いていました。
「鍵のかけ忘れかしら?」だとしたら、少しでいい、そのドレスたちを間近で見てみたいと扉を開けて中に入りました。

 誰もいないと思っていた店の中には、ずいぶんお歳を召しているようだけど、ドレスと同じように美しい女性が明かりもつけずに座っていました。

 彼女は真夜中にその店の中にいる私を見ても、驚くわけでもなく、「まぁ、素敵な装い。そんな素敵な装いを見るのは久しぶりだわ」と咲き誇る花のように言いました。私は少し困って「ありがとう」とお礼を言いました。私たちはとても仲良くなり、その日から私はその店に度々足を運ぶようになりました。彼女、アデリーナはこの店のオーナーでした。彼女といると、私は不思議なくらいあの夢を鮮明に思い出しました。

 ある日、アデリーナは私にお茶を出すと、自分がこの店を持つまでの話をしてくれました。そしてもう命が長くないと言いました。だからこの店を継いでくれるのに相応しい人を見つけなくては思っていたと。そして間も無くして、彼女はその言葉通り亡くなってしまいました。私は彼女の遺言でその店を任されることになりました。

 私は、初めて夢を感じながら話ができる人に出会えたのに、亡くなってしまったことが悲しかったけれど、私の意思に関係なく展開していく現実を不思議な気持ちで傍観していました。私は時々、まるで操り人形のように何かに操られている気がしました。

 窓の外を見ると、あの夢と同じ丸い金色の月が見えました。夢の続きはどこにあるのか、私はそこに本当にたどり着けるのか、ほんの少しだけ気持ちが揺れました。

操り人形の糸の先
 
 この世界は不思議なものです。私がアデリーナの店を引き継いでから、自分の夢のため作った新しい服たちは評判が良く、その店には、いつのまにか世界中から人々が集まるようになりました。

 私は褒め言葉を聞くたびに首を傾げました。私は誰かのために何かをしようと思ったことなど一度もなく、今も、ただ自分の夢のための服を用意しているに過ぎないのに、こんなにも人に喜ばれていること。世界の仕組みは本当にわからないと思いました。

夢を見ることが、人生を作り上げ、夢を見ることで、誰かを幸せにする。
けれど、夢は見続けるだけなの?


 そんなある日、紺色の闇夜にいつもにも増して大きく金色の月が浮かんだ夜でした。私はいつのまにか大きく、立派になった店に一人残り、たくさんの自分で手がけた衣服に囲まれて座っていました。かつてのアデリーナのように。月明かりを受けてキラキラと輝くスパンコールやヒラヒラと窓から入る風にリボンが、美しく揺れました。

 よく見れば、この店はあの夢の中によく似ていると思いました。はためくドレスはあの夢のシーンに出てきた広場で楽しそうに踊っていた人たちに。窓から聞こえてくるこの音楽はあの時の演奏に。

 すると、私はふと窓辺の衣装ケースの中に一通の手紙を見つけました。「あんなところに手紙があったかしら?」それはアデリーナの筆跡で書かれていました。

親愛なる、ジェシカ

あなたもあの夢の街に行ったことがありますね。私にはあなたを初めて見た時、わかりました。私も幼い頃に一度だけ同じ街に行ったことがあります。それからずっとあの街にいつか行くことだけを夢見て生きてきました。そして私の命はもうすぐ尽きます。

私が今どんな気持ちでいるとあなたは思いますか?

あの夢の街にたどり着くことができなかったと悲しんでいるでしょうか。もしくは、夢を見たおかげでこの人生を豊かなものになったと満足しているでしょうか。もしくは、この世界での生を終えて、あの街に行くことを楽しみにしているでしょうか。

さあ、あなたならわかるはずです。
その答えはあなたの心の中にあります。

愛を込めて アデリーナ
 私は手紙を読み終えると、なぜだか、床に座り込み、子供のように泣きました。あの夢を見て以来、こんなに泣いたのも、こんなに胸が痛んだのも初めてでした。何が悲しいのかさえ、わかりませんが、久々に感じたこの胸の痛みは、確かに私のものでした。

 私はひとしきり涙をこぼすと、手紙を折りたたみ、封筒にしまい、中庭に出ました。星はさっきよりずっと多く、月はずっと低く手が届きそうに見えました。

 私は空を見上げアデリーナに届くことを願いました。

 「アデリーナ、私はただ夢を見ているのです。あなたも同じですね。例え話でもなく、教訓でもなく、たった一度見ただけで、私の小さな胸をいっぱいにするほどに素敵な夢だったのです。私はこれからもあの夢を見続けます。でもこれからはもう現実の痛みから目を背けないで、この胸の痛みも悲しみも包み込んで、背筋を伸ばして、素敵な装いをして、夢を見続けたいと思います」

 私はそっと目を閉じました。

 あなたも私もその街にいますね。それがいつだとしても必ず。

 その時、小さな小さな星の瞬くような音が聞こえました。それはアデリーナかもしれない、もしかしたら夢の世界かもしれない。

 それでも私たちは夢を見続けます。




夢見ることに終わりなどない。
夢は永遠。