マールチロンの冒険

水玉物語#045ハピネス
僕の夢は
僕をのせて
どこまでもいく
チロンは大きな夢を持っていたけれど、まだ小さいので何もできませんでした。
港に行って、船に乗せてくれと言っても、船乗りたちは相手にしてくれませんでした。

僕の夢はとても大きいんだぞ、と言っても、
そんな夢はすぐに消えちまうよ。と笑われました。

チロンは大人たちはどうしてそんなことを言うのかと、不思議に思って、友達のラスティに会いに行きました。ラスティはチロンを笑ったりしないで、話を聞いてくれる大事な友達です。

「こうなったら、実力行使だ」と、ラスティは言って、チロンとラスティは、貨物に紛れて港に停まっている船に密航することにしました。

「よし、これからめくるめく航海の始まりだ!」とラスティとチロンはわくわくしたけれど、その船は遊覧船ですぐに港に戻ってしまいました。おまけに無断で船に乗った二人はとても怒られました。

二人はしょんぼりと、街に戻り、広場で別れました。

 広場の脇でお店の準備をしていたルーシーが、チロンを呼び止めました。
「どうしたの、暗い顔をして」チロンは腕を組んでムッとした顔をしたままルーシーを見上げました。

「おいで」ルーシーはチロンをカウンターに座らせ、しぼりたての果実のジュースを出して話を聞きました。

「それは残念だったね。でもどうしてそんなに急いで旅に出たいの?」

チロンはジュースを飲みながら考えました。どうしてだろう?

「なんだかね。眠る前にこわくなることがあるの。ある朝、目を覚ましたら、旅に出たい気持ちも、遠くのどこか知らないところへ行きたい気持ちも、宝物を見つけたい気持ちも、何もなくなってしまうんじゃないかって。だからその前に船に乗って、旅に出ようと思ったんだ」

ルーシーは優しい目でチロンを見ました。

「わかるわ、あなたの気持ち」
「本当?」チロンは丸い目でルーシーをじっと見ました。
「うん。私もそう思う時がある。特に消えそうなぼんやりした三日月の夜にひとりぼっちでいたりすると。私の中にあるこの情熱が泡のように消えてしまうんじゃないかって」

「ルーシーの中にもあるの?」
「ええ、あるわよ」
「どんな?」

「それは・・」ルーシーは遠く夢見るような顔をしました。チロンは驚きました。ルーシーの目から小さな光のかけらが溢れているような気がしたのです。

「それは内緒よ。私の夢は私だけの宝よ」

「宝?」
「そうよ。宝はここにあるの」
ルーシーは両手で胸を押さえて目を閉じました。

チロンはルーシーの言葉に考え込みながら、店を出て行きました。
「元気出しなさいよ」ルーシーの声がチロンを追いかけました。
 
 チロンは少し難しい顔をして腕を組んだまま、街はずれまで歩いて行って、丘を登りました。丘の上に着くと、海が見える岩の上に座りました。海は広く、海は遠く、青く、空に溶けていました。

 チロンはルーシーのしていたように、両手を重ねて胸を押さえると目を閉じました。そこにはチロンの大好きなワクワクする気持ちの塊がありました。

 それはまるで大きな船のようでした。船を動かすエンジンのようでした。荒れた海原のようでした。嵐の夜でした。それを超えてたどり着く、新大陸が見えてきました。船の先頭にはルーシーによく似たマーメイドが微笑んでいます。その船の先頭にはもちろんチロンがいます。にっこりして、わくわくして、今と同じ気持ちです。

 チロンは目を開けました。海がキラキラキラキラ輝きました。これは僕だけのものだとチロンは思いました。

僕だけの宝物。

この広い世界に夢を見よう。
どこまでもどこまでも夢を見よう。
チロンはこの気持ちをずっと守ろうと決めたのでした。
それは小さくても大きなチロンだけの海でした。
 
 このあとチロンは本当に船に乗って冒険に出かけるのですが、それはまた別のお話です。

この気持ちさえあれば
冒険はいつでもそこにある