水玉物語 #008 ハピネス
女神さまがミルクに 一滴の涙を落として その国は生まれました
ミルククラウン城にはプリンセスが住んでいて、プリンセスの描く魔法の絵と物語がその城下の町をつくり、いまも魔法を運んでいました。だから街はいつでも夢に溢れていました。
でもプリンセスは時々、素足のまま一人で膝を抱えています。城に使えているプリンセスの絵の中から出てきた、姫の側近でいちばんはじまりから側にいる、くまとうさぎと狐は、それを心配して、あれこれ相談します。
三匹は、城のいろんな者たち(ユニコーン、天井のエンジェル、噴水のマーメード、扉の巨人たち、柱時計のフクロウ)などに聞きながら、姫を元気にする方法を考えます。彼らは言いました。「プリンセスは待っているんだよ」「そうそう、待っているんだよ」三匹はその意味がわからず、「いったい何を待っているのさ」と首をかしげました。「そりゃあね」と他のものたちはわけ知り顔で言うのです。
ある日、怪我を負った旅人がやってきて、しばらく城に住むことになりました。旅人はお礼にとプリンセスに旅で見たことや起きたことを話して聞かせ、姫はよく笑うようになりました。三匹はそれを見てなんだかしょんぼりしました。プリンセスが笑うようになったのは嬉しいけれど、なんだか寂しいのです。自分たちにはできなかったことを外からやってきた旅人がいとも簡単にやってしまった、と。
ある時、すっかり回復した旅人は旅立つことになりました。プリンセスは別れを惜しみました。旅人は一緒に旅に出ようと、世界には面白い物語がたくさんあるよ、と姫を誘いました。
柱の陰で二人の会話を聞いていた三匹は、ぎゅっと目をつぶりました。そして心の中で会話しました。「どうしよう、どうしよう。姫が行ってしまったら、どうしよう」
この城から姫がいなくなったら、僕たちはただの落書きに戻ってしまう。石像はただの石ころに、扉はただの扉に、この城はただの箱に、ふもとの街はただの街になってしまう。「でも姫が行きたいのなら、僕たち、本当は笑って見送るべきなんじゃないかな」くまがそう言うと、他の二匹はそっと頷きました。
結局、姫が何と答えたのかはわかりませんでした。とっさに耳を塞いでしまったから。
でも旅人は夜明け前に旅立っていきました。姫はいつもように真っ白なベッドでスヤスヤ眠っています。三匹は眠る姫を見ながら、もしいつか誰かが姫を迎えに来て、姫がついていきたいと思ったら、その時はちゃんと見送ろうと思いました。きっとその時は、姫はすべての役目を終えたのだと祝福しようと思いました。でももしかしたら、すごく小さくなって、荷物に紛れてついていってもいいかなとも思いました。たとえばみんなで一冊の本の中に入って。
もうじき朝が来ます。ミルククラウン城の魔法の一日が明けます。