星を数えて

水玉物語#061ハピネス

彼の名前は
シリウス
彼女の名前は
ポラリス
 路地裏の古びたビルの屋根裏部屋に二人は暮らしていました。

男の子シリウスは無限に広がる空想から、美しい絵を描くことができました。女の子ポラリスは夢を見ながら、とてもきれいに歌うことができました。

シリウスが絵を描くとき、空に雲が立ち込め嵐が起きます。あるいは季節外れの雪が降るのです。ポラリスが歌う時、どこからか風が吹き、鳥たちが集まってハミングを重ねます。花たちがこぞって蕾を咲かせるのです。

ポラリスはシリウスの絵が好きでした。もしかしたら彼の絵が、いつかこの世界を変えると感じていました。シリウスはポラリスの歌が何より好きでした。目を閉じるとその歌は、この星に住むすべてのものを癒すと思えました。

けれども、シリウスの絵に画商たちは首を振り、あるいは目に入らないかのように黙殺し、ポラリスが歌っても誰も耳をかしませんでした。



 やがて、その冬が来る頃、彼らは生活にさえ困窮していきました。絵を描くことと歌うこと以外に何もできない彼らは、ちゃんとした仕事にもつけず、明かりの消えた、ストーブのない部屋で毛布にくるまって、一つのパンをわけ合わなくてはならなくなりました。小さな部屋を貸しているミセス・シャーリーは二人をいつも不憫に思っていましたが、助けることはできませんでした。


二人は窓から星空を眺め、冬のオリオン座や大三角形を見つけては星を数えて心を癒しました。


 ある時、シリウスは大きな一枚の絵を描きあげました。シリウスはかつてない心の震えを感じ、窓の外には、雲の隙間から開けた空に見たこともないほど多くの星が煌めき、たくさんの流れ星が降り注ぎました。

その絵に合わせてポラリスは歌いました。遥か遠くの地平線から小さな部屋に吹き込んだ風が二人の体を包み、遠くの海の揺れる音が聞こえました。二人は持てるだけの力を出して、目の前の見えない壁を破ろうとしました。そしてそれは確かに越えられたように思えました。

けれどもやはり目を覚ますと、現実は変わらず、誰も彼の絵を見ようとせず、彼女の歌を聞くことはありませんでした。彼らはとうとう悲しくなりました。どこにも居場所がないように思えたのです。


次の日、彼らは荷物をまとめ、ミセス・シャーリーに別れを言い、小さな部屋を引き払いました。シリウスは画材をすべて売って、ポラリスがずっと欲しかった一冊の詩集に変えました。


なにもなくなった二人は手をつないで街をでました。
ポラリスは歩きながらシリウスのくれた詩集を声に出して読みました。

夢を見た 

君が望むのなら 
どんなことでもしよう
 星の海を泳ぎ 
大地を深く潜り 
眠れる宝を手にしよう 

君が望むなら 
どこへでも行こう 
梯子を登り 
空に手をかけ 
飛び立つ羽を手にしよう

でも僕には何もない
ここには何もない
だから手をつないで
夢を見た

 
 彼らはいつしか森の向こう側に広がる、開けた土地にたどり着きました。

二人はしばらくそこに立ってぼんやりとしていたけれど、やがてシリウスは木の枝を持って、大地に絵を描きました。空に立て込めていた雲が流れ光のシャワーとなって降り注ぎました。ポラリスはその上を踊るように歌を歌いました。森は木々をゆらし、一斉に飛び立った鳥たちが光の中を旋回しました。

二人は目の前に広がるその光景を眺め、はじめて気づきました。この世界はいつでも彼らに応えてくれていたと。何も悲しむことはないのだと。

その瞬間、彼らは抑え込んでいた力のすべてを世界に放ち、
星の一つとなりました。

たとえ何もなくても
いつも星は
答えてくれている