水玉物語#081 千年街
日々は心の影 わたしの心は あの空の遠く
こころさんはおばあさんと日々をゆっくり、好きなものを大切に丁寧に暮らしていました。 おばあさんはじっと耳をすませると、ものたちの声がきこえてくるといいます。 こころさんには聞こえませんが、なんとなく聞こえるような気がします。 ある日、おばあさんが亡くなりました。おばあさんはちゃんと準備をしていたし、長く生きたのでそれは当然のことですが、天涯孤独になってしまったこころさんは、とても悲しみました。 そしてしばらく眠り続けました。 すやすやすやすや・・。
目を覚ましたこころさんは、なにをしていいのかわからなくなってぼんやりしました。とりあえずお茶を入れて、縁側に座りました。いつの間にか季節は春になっていて、暖かい風が吹きました。 するとこころさんの家に住み着いている猫がやってきて、 「こころさん、こんにちは」 と言いました。 「あら、あなたは言葉を話せるようになったの?」 こころさんは驚いて言いました。猫は長い尻尾をまるめてこころさんの横に丸くなりました。 こころさんはもしかしたら、と思って、手の中の大事にしているティカップに話しかけました。 「ごきげんいかが?」 「ええ、とても良い気分よ」 そうです、こころさんは本当に声が聞こえるようになったのです。
その日から、おばあさんの死でモノクロになっていたこころさんの日々は、すっかり色鮮やかに戻りました。 しばらくしてこころさんは、おばあさんが残したちいさなお店を再開することにしました。庭に建てられ離れで、おばあさんが集めた器たちを細々と好きな人に売る店でした。 こころさんもずっと手伝ってきたので、すっかり慣れているはずでしたが、実際にはじめるとあまりうまくはいきませんでした。
今日はお休みの日です。こころさんが寝間着姿のまま縁側に腰掛けて、外を見ながら朝のお茶を飲んでいると、いつもの猫がやってきました。猫は実際話してみると、とても良い相談相手なのです。よく物を知っているし、考えも深い。以前思っていた気まぐれで気ままな猫とは印象がまるで違いました。 「私、あなたのこと、もっとふわふわした性格だと思っていたの。物事を深く考えるより気まぐれで動くような」 「それは失礼ですね。猫とは考えの深い生き物です」 「うん、今はわかるわ。ごめんなさい」 「謝ることはありません。以前は言葉が通じなかったのですから」 「器たちもいっしょなの。私が思っていたのとはまるで違うことを思っているので、驚いたの」 「そうですか」 猫はこころさんに撫でられながら、気持ちよさそうにあくびをしました。見かけはやはり以前と同じ猫なのです。 「そうなの。私が思っていたより、もっともっといろんなことを思って、いろんなことを望んでいるの。たとえば、お客さんが気に入って買いたいと言っても、そこに行きたくないとお皿が言う時、私は困ってしまうの。お客さんは買いたいというし、その子は嫌だというし、それで、お客さんにそのわけを説明するのだけど、なかなかうまく伝わらなくて」 「おばあさまはいったいどうやってうまくお店をやっていたのかしら?」 こころさんはため息をつきました。このところそんなことばかりで少し疲れていたのです。 「ご安心なさい。おばあさんはおばあさん、あなたはあなた、きっといいところに収まります」 猫はそういうと目を閉じて昼寝を始めました。 「そうかしら?」
でも、自体は思っていたより悪い方向に向かいました。こころさんは器たちの気持ちを丁寧にお客さんに伝えようと努力してきましたが、それを快く思わない人たちが、あのお店の店主は気が触れていると噂を始めました。 そのうち、噂は町中に広まって、店には誰も来なくなりました。 こころさんは誰も来なくなったお店に立って、お店を見渡して、 「おばあさまごめんなさい。私にはおばあさまの代わりはできませんでした」 と、手を合わせました。 器たちもしょんぼりして黙りました。 「でも、なんだか肩の荷が降りたわ。そうよ、私にはお店の主人なんて向いていなかったのよ。もうこのお店は閉めましょう」 「閉めてどうするの?」 「そうね。どうしようかしら・・・」
その夜、こころさんはボーイフレンドの力を借りて、残された器たちを全て荷台にのせると、街外れの丘に登りました。 そしてお皿たちを原っぱに並べて、自分も寝転ぶと、 満天の星空の下、 「さあ、みんな言いたいことがあったらなんでも言うのよ。どんな酷いことでもいいの、思ったことを全部吐き出すのよ」 こころさんはそういうと、 「みんな、バカヤロー」と星に向かって叫びました。 「さっさと死んだおばあさんもおばあさんと同じものを求めるお客たちも、わがままばかりの君たちも、みんなバカヤロー、勝手なことばかり言わないでー」 すると器たちも少しずつ、隠していた気持ちを口にしました。 最後にはとっても酷い言葉がたくさん飛び交いました。 それをきいていたボーイフレンドはくすくす笑いました。 「君たち少しも穏やかじゃないね」
こころさんは思いました。そうなのよ、私たち、少しも穏やかじゃない。もっともっと自由なの。そして少し変なのよ。でもそれでいいの、ここではお皿も話す、猫も話す、私も話す、それが普通なの。 さあ、これから何をしようか。ゆっくり考えよう。 好きなことたくさん考えよう。とんでもないこと考えよう。 こころは自由、こころは永遠。