ひみつ

水玉物語#056千年街
森の奥には
1000年も眠る
秘密がある
 本ばかり読んでいて、夢ばかり見ているエマは夏の間、祖母のうちに預けられました。けれど、エマは変わらず大好きな本に夢中になるあまり、入ってはいけないと言われていた森の奥に入ってしまいました。

 急に暗くなる森で、帰り道がわからなくなって途方に暮れてうずくまっていると、「夢ばかり見ても現実には助けにならない」と言われた言葉が頭をぐるぐるしました。
 そこに小さな赤い毛むくじゃらのモンスターが現れて、さらに森の奥の屋敷へと導かれました。そこには千年もの間、人目を偲んで生きてきた、不思議な力をもつ一族の末裔の少年が、歳を取らない姿のまま小さなモンスターたちと暮らしていました。
少年は特別な力や永遠の命を持っているにもかかわらず、生きることに落胆していて、もうずっとベッドに閉じこもってばかりいました。屋敷のものたちも長い間に小さなモンスターの姿になってしまい、主人の少年が元気にならないと元には戻れないと言います。モンスターたちはエマにお願いします。なんとか主人を元気にしてほしいと。

エマは思い切って、主人のオリバーの部屋を訪ね、話をしようと試みても少しもうまくいきません。エマは仕方ないので、持っていた大好きな本を朗読しました。しばらくするとオリバーは毛布から顔を出し、やがては続きをねだるようになりました。
その本を二人で覗き込み
微笑み合い、ほろりと泣きました。
共に恋をし、また失いました。
物語の世界はありありと
目の前に広がり、
手を伸ばせば届きそうでした。
エマが本を閉じると、オリバーは思慮深い顔をしてベッドの縁に腰掛け、モンスターたちにお茶を淹れるように頼みました。それからビスケットも。数百年ぶりのお茶とビスケットです。モンスターたちは大慌てで、跳ねたり飛んだり、喜んだり泣いたりしながらお茶の準備を始めました。

エマは言いました。
「私は本を開くと向こうの世界にスッと心が移動するの。だから悲しいことがあっても平気よ。でもそれは良くないって言われるの。ちゃんと現実を見て向き合わないと」
「でも、私ね。いつか向こうの世界にいけるんじゃないかっておもうの。だって目を閉じると本当にあるんだもの」
「それともあなたもこれは作り話だと思う?」

オリバーは久々に味わう甘くて苦い紅茶を傾けながら、
「僕は決めたよ。君とその世界に行くよ。どんな困難があっても、僕のすべてを賭けて」ときっぱり言いました。エマは驚いたけど、なんだか嬉しいと思いました。

オリバーはビスケットを一枚エマに差し出して、
「これを約束の証としよう」
まるでさっきまでとは違う凛々しさで言いました。
エマはにっこりと小さな会釈をして
「感謝します」
と恭しく受け取りました。
「さあ、君たち、目を覚ませ。秘密のベールを剥いで、夢を見よう。
我々の力を使えば、どんなことも可能であると証明するのだ」

ベッドから起き上がったオリバーが声を響かせ、屋敷は見違えて美しくなりやモンスターたちは立派な衣服を纏った家臣に戻りました。

エマはその目の前に起きているとんでもない壮観に、足をゆらしビスケットをかじりながら、

「ほらね、夢は現実を守ってくれる」

腕の中の本にキスを一つ落としました。

物語は闇を裂き、
1000年の眠りを覚ます。