水玉物語#086 パラディシュナ
好きなものを 好きなだけ 願うこと
夕暮れに金色に輝く、ここは私が長い時間をかけて育てた庭。土を耕し、道を作り、水を引き、木々を植え、さまざまな種を蒔き、丁寧に愛情を注ぎました。もう私の手を加えなくても、自然に花を咲かせてくれるでしょう。 私は庭を一周して白いベンチに腰掛け、その折り重なる景色を眺めていると、どこから入ったのか、男の子が薔薇のアーチの下で、今にも咲きそうな花のつぼみを見上げていることに気づきました。 金砂色の髪を月に照らされ、どこか苦痛を抱えたように眉を寄せて見上げる姿は、神様の落とし物とさえ思えるほど、美しくはかなげでした。 男の子が私に気が付き、こちらを向いたので。 「こんばんは。あなたはどこから来たの」と私は尋ねました。 男の子は眉を寄せたまま私を見つめ、 「今日は僕の誕生日なんだよ。だけど、僕には誰も祝ってくれる人がいないんだ」と言いました。 「あら」と私は首を傾げ、とても切ない気持ちになりました。 私はなぜだか、この天の祝福みたいな子が、そんな思いを抱えてはいけないと思いました。 「じゃ、私と一緒にお祝いしましょう。まだ12時まで時間があるわ」 と言いました。
人は愛していると言って 次の瞬間憎んだり 必要なものを手に入れたら 去って行く でもそれは、君の話じゃない 君にはそんなことは起きない だって今日は誕生日だから
男の子は瑠璃色の瞳を丸くして、 「本当に?」と控えめに聞きました。 私がうなずくと、男の子は微笑み、全身が金色に輝きました。その金色のきらめきに当てられて、少し胸が苦しくなりました。
私たちは広い庭を歩きながら、どんなお祝いにしようかと相談しました。 男の子はぽつぽつと自分のことを話してくれました。彼の話はどこか近くて遠い王国のできごとのようでした。 小さな湖のほとりに置き忘れられていた、おもちゃのボートを見つけ、薔薇のアーチの下まで運んで、そこをお祝いの場所に決めました。 それから、私たちは屋敷の中に入り、真っ白なクロスやクッション、キャンドルや色とりどりのリボン、それからビスケットやチョコレート、キャンディやアイスクリームなど、持てるだけのものを運び出しました。屋敷には人気がなく、明かりも消えていました。 「こんなことして怒られないの?」男の子が心配して聞きました。 「お誕生日には何をしても怒られないのよ」と私は片目をつむりました。男の子は少し不安そうに静まり返った屋敷を見回しました。 「さあ、準備をしましょう。時間がないわ」 私たちは小さく歌を歌いながら、白いクロスをボートに広げ、キャンドルを立て、花を飾り、お菓子や果実を並べました。
「さあ、私たちも乗り込みましょう」 私たち自身も頭や胸に花を飾り、その中に座りました。 「こんなにたくさん食べきれないよ」男の子は少し困った顔をして言いました。 「いいのよ、今日だけは特別だから、好きなものを好きなだけ食べればいいの。そして好きなことを好きなだけ願えばいいの。あなたはお誕生日なのだから。今日は王様なのよ」 彼は私の言葉を反芻しながら、少しためらいがちに大きなスプーンでクリームをすくい上げました。
今夜、私は命を絶とうと思っていたのです。 だから屋敷には誰もいなかったし、 明かりもついていなかった。 私は疲れてしまったの、 丁寧に育て続けても簡単に壊れてしまうことに。 最後にこの庭を一周したら、 もう思い残すことは何もなかったの。
「ねえ、食べないの?」と、男の子は私に尋ねました。 「私はお誕生日じゃないもの。見ているだけでいいのよ」 私はボートの縁にもたれて、「私にはもう願うこともないの」とつぶやきました。
「それなら僕が許します。ねえ、僕は王様なんでしょう?」 「ええ」 男の子は立ち上がると、まっすぐに私を見つめて、 「今夜はあなたも誕生日の恩恵を受けることを許します。好きなものを好きなだけ食べて、好きなことを好きなだけ願うといい」 と、恭しく私にスプーンを渡しました。
その言葉は驚くほどやさしく響き、私は泣きたいような笑いたいような気持ちになり、この気まぐれのままごとに、束の間、身をゆだねてもいいかと思いました。 私は両手を重ね、そのスプーンを受け取り、アイスクリームをすくって、ゆっくりと口に運びました。「おいしい」と言葉がこぼれました。 男の子はそれを聞くと、嬉しそうに自分もアイスクリームをすくいあげて頬張りました。その目は澄み渡っていました。
男の子はお腹いっぱいになると、いつのまにか私の肩にもたれて目を閉じました。耳を澄ますと静かな寝息が聞こえてきました。その金色のさらさらと指先を滑る髪をなでながら、私はもしかしたら、思い違いをしていたのかもしれない、と思いました。
何かを与えるなんて、懸命に育てるなんて、傲慢すぎたのかもしれないわ。
美しいものはそのままで美しく、枯れていくときもまた美しい営みの一つ。私たちはそれをただ目を輝かせて、楽しんでいればいいのではないかしら。
落胆するには早過ぎたかもしれないわ。この世界にはこんな小さな奇跡がたくさんあって、輝きを放ち伝えているの、ここは悲しい世界じゃない、もしかしたらあなたの願いのままに広がる、金色の王国かもしれないと。
私はゆっくり目を閉じて、この子が今夜、さみしい思いをしなくてよかった、目が覚めたら、あの薔薇が咲いていたらいいなと思いながら、浅い眠りに堕ちました。