ペパーミントタイム

水玉物語#033水玉国

ペパーミントの夕暮れに
遠い国からやってきた
ささやきに目を閉じた

いまからずいぶん前のことだけど、その頃、私たちがすごした田んぼと畑と森と山しかないその場所は、時折、ペパーミントグリーンに輝いてみえました。すべてが儚く現実味がなく、夏休みの午後のお昼寝の中に暮らしているようでした。

その緑色の風景の中に私たちの全寮制の学校はありました。退屈ではあったけれどとても平和でした。私たちの多くは都会に馴染めなかった子供だったから、きれいな空気と穏やかな日々を求めていたし、もう人と争うのも、いがみ合うのも嫌でした。誰かと仲良くして誰かを嫌うとか、何かに熱くなって胸を痛めたり落胆するとか、傷ついたり、舞い上がったり。一喜一憂するのが嫌でした。だからこの窓から見える風景は、私たちにはちょうど良かったのです。

エミリーとイヴは同じ街からやってきました。同じ図書委員で、時々話をしました。読んだ本のことや聞いている音楽のこと。

でもその頃の私たちは誰かと深く関わることを避けていました。

ある時、エミリーが図書室の本の中に時々小さな詩が書かれていることに気がつきました。

ペパーミントの夕暮れに
遠い国からやってきた
ささやきに目を閉じた僕は
夢を見た

それをイヴに見せると、次の日イヴはその詩に静かな曲をつけました。二人はそれを小さな声で歌いました。窓から見える夕暮れの草原が一瞬、輝いたように見えました。

それから私たちは本の中の小さな詩を見つけては、曲をつけ、歌いました。小さな言葉のかけらは少しずつつながって一曲になりました。二人は「ペパーミントタイム」と名前をつました。

それが思いもよらない方に動き出したのは、エミリーが曲を間違って他の子に送ってしまったことです。それをその女の子がとても気に入って他の子たちに聞かせ、その一人がまた他の子に聞かせ、瞬く間に「ペパーミントタイム」は全校生徒に知れ渡ることとなったのです。

「ごめんね、こんなことになるなんて。二人だけの秘密だったのに」

と、エミリーはイヴに言いました。

「大丈夫。誰も私たちだと気付いていないもの。それにすぐ忘れる。みんな飽きっぽいから」

ところがその熱はさめず、むしろ加速していったのです。みんなで架空のビジュアルイメージを作ったり、曲に合わせて映像を作ったり、歌っている女の子をあれこれ推測したり、とめどなく広がっていきました。

途中からおかしな噂も出てきました。ペパーミントタイムの女の子は昔この学校にいた生徒で、死んでしまったとか、この歌は呪いの歌だとか。ペパーミントタイム推奨派とネガティブ派に分かれて争い始めたりしました。

そして卒業パーティのステージに本人を呼ぼうと、本人が現れればすべてわかると誰かが言い出し、ステージやポスターが作られました。学校そのものが取り憑かれたようにそのこと一色になり、誰も止められませんでした。

いよいよ、明日が卒業パーティという前日になりました。
まだ準備を続けるみんなを眺めながら、二人は屋上にいました。

「どうしてこんなことになってしまったのかな」
「みんな奇蹟を待っているのよ」
と、イヴは言いました。

私は屋上から目下に広がるペパーミント色の風景を眺めました。私たちはみんな少しずつ傷ついて、不安でどうしようもない。ここを出たら、また外の世界が待っていて、私たちはきっと心を閉ざして生きるでしょう。でもここにいる今だって、私たちは言うべきことも言わず、感じるべきものも感じていない。

イヴが小声で歌いました。エミリーも歌いました。

私たちは夢を見る
ペパーミントグリーンに守られた夢を
だから、みんな心を熱くするものが欲しかった
誰も傷つけないものに夢中になりたかった
ただそれだけ。心から祈ったの

当日になり、パーティは午後から行われ、「ペパーミントタイム」のライブは夕暮れ時に予定されていました。皆どこか、興奮し、恐れているような様子で、妙に浮かれていました。私たちはいつも通り図書館にいました。夢に向かっているのはいいけど、それが実際叶っても叶わなくても、終わってしまうのは物悲しいです。

「一体どうなるのかな、このお話の結末は」

イヴは読んでいた本を閉じ、

「わからない。でもきっとこれは通過点なのよ。落胆しても、夢破れても、一生懸命通り過ぎないといけない何か」と言いました。

結果としては、夕暮れに突然激しい夕立がやってきて、ものすごい雷と風と雨とともにすべてを壊してしまいました。生徒たちは悲鳴をあげ、ずぶぬれになり、走り出しました。徹夜して作った装飾もポスターもみんな、雨に濡れてダメになりました。

それから一夜明けて、みんなはもくもくとその残骸を片付け、それから一度も誰一人ペパーミントタイムの話をしなくなりました。そして、外の世界に出る準備を始めました。

私はなんだか少しだけ割り切れない気持ちを抱えたまま卒業の日を迎え、久々にあの曲を聴きました。そして図書館の一冊の本にこう書き記しました。

十年後の今日、
このペパーミントの景色の中で
もう一度、君に会えないだろうか?
僕はかならず待っている

それが今日です。

私たちの世界はあれから随分変わってしまいました。学園の建物もなく田畑も荒れていたけど、裏の丘や小さな森はあの頃より緑が濃くなりました。

私は背の高い草の中に座って、その風景を見ながらあの曲を聴きました。

あれから私は変わったでしょうか。大人になれたでしょうか。結局、何にも心を震わすことなく、ここまで来てしまったけれど。

すると、誰かがそっと隣に腰かけました。私は目を閉じて耳を澄ませました。

こうしていると何かが見えそうです。あの頃、本当は見ていたものが今なら見える気がします。今なら受け取れる気がします。この景色がくれていた手にあまる大きなものが。

あの頃、僕は君が好きだった
うまく伝えられなかったけれど、
君と少しでも話せるだけで、
僕の世界は特別になったんだ

私たちは微笑みあって手をつなぎました。つないだのは手だけでなく、あの頃ここにあったペパーミントの時のすべて。あの曲を聴いたみんなで、夢中で通過してきたもの。

キラキラと輝いてみえた
ペパーミントの夕暮れ時が
目を閉じると今も広がる