水玉物語#028水玉国
五月はこの街の いちばんいい季節 優しい風と温かい日差し 柔らかい緑、愛する人 もう何もいらない
その街は五月が一番良い季節、街の中心にあるセントラル公園でメイとその恋人のアマネとその仲間たちは日差しの下で日向ぼっこをしていました。アイスクリーム売りがやってきて、メイが食べたいというのでアマネが二つ買いました。ペパーミントとチョコチップ。その光景にメイは心から幸せだと思い、世界の肩に頭を乗せて目を閉じました。
すべては夢幻。今こそは永遠。
でもその瞬間からメイは眠ったまま目を覚まさなくなってしまいました。それと同時に街には謎の爆発や襲撃が起こり、見えない敵との戦いがはじまりました。ほとんどの住人は街を後にして、残されたのは行くあてのないものやならず者や身寄りのないアマネたちの仲間だけになりました。
少しずつ滅びていく街で眠り続けるメイを背負って生き延びようとするアマネと仲間たちでしたが、一人、また一人といなくなっていきました。いったい何と戦っているのかわからないまま、戦いは続きます。
いよいよ、街は崩壊し、アマネたちの廃屋ビルのみになりました。その夜。アマネは夢を見ました。
夢の中でそのビルは壊され、瓦礫の中からアマネが起き上がると、その跡地に人影が立っているのが見えました。やっと敵の姿を見えたと思いましたが、それはメイでした。アマネはそれを見て、こう思いました。 「起きているメイを見るのはこの街が破壊される前以来だな」 メイは瓦礫の海となった街の上に立っていました。アマネが瓦礫をはらって立ち上がると、メイはアマネと向き合ったまま何も言わず、二人の間を乾いた風が吹きました。 「どうして壊したんだい?おまえは、この街が好きだったはずだろう?」 アマネが言いました。メイは黙ったまま遠くを見て言いました。 「あの日ね、五月の暖かい日差しの公園に君がいて、食べたいと言ったアイスクリームを買ってきてくれて、みんな幸せそうで、もうこれ以上の幸せはないなって思った。そしたら、この世界がいつか壊れてしまうことがこわくなった」 「そんな理由で街を破壊したのかい?」 メイはアマネを見つめて頷きました。 「それでも残るものはなにか、見てみたかったの」 「そうか」 アマネは瓦礫の中から椅子を見つけて腰掛けました。 「君って、見た目はかわいくておとなしくて、ずっと守ってやりたくなる女の子たけど、その奥にはとんでもないものがあるんじゃないかって思ってたんだよ」 メイは瓦礫の山に座って膝を抱えて遠くを見ました。 「街も壊して、人も追い出して」 アマネは広がる青い空を見上げました。 「でも空は変わらないな」 メイも空を見上げました 「うん、空はかわらなかった。君もかわらなかった。」
そこで目が覚めました。目がさめるとまだ夜でメイは眠ったままでした。でも幸せな夢でも見ているように微笑んでいました。
アマネは窓のない四角い穴から街を眺めて、思えば街と仲間と幸せな暮らしだったけど、どこか、それは幸せだと思い込んで窮屈だったかもしれないなと思いました。本当はメイと二人で暮らしたかったのかもしれない。それにメイの中にある何かを見たいとも思っていたのも本当だ。それはどこでも、こんな風に何もなくても良かったのかもしれない、と思いました。
いつのまにか降った雨が止み、瓦礫が街を白く覆ったその上に淡い黄色の月が綺麗に輝いました。戦いなど幻想だったかのように。それまでの生活もなにもなかったかのように。
アマネはメイをハンモックから抱き上げて言いました。
「もう大丈夫だよ、俺たちは生き残る。もうじき夜が明ける。新しい世界がはじまる。だから目を覚ませよ」
これから何があっても二人で生き残っていこう。たとえ世界が終わっても二人でそこに何があるのか見てやろう。それはある五月の出来事でした。