水玉物語#90水玉国
僕たちは ただ心地よく ひとつになりたい
だから、僕たちは雨の音を聞きながら、壁にもたれて二人で一つの音楽を聴いて、寄り添っているしかなかった。 窓の外が晴れていても、雨が降っていても、夜でも朝でも、耳から流れる音楽が陽気でもセンチメンタルでも、僕たちは僕たちでしかない。そこからはどこへもいけないのだから。 彼女は長い髪を指で一つにまとめながら言った。 「この世界には男の子世界と女の子世界があるのよ」 「それは当然のことじゃないの」僕は尋ねた。 「でもそれが悲しい原因なのよ」 どうしてこんなにお互いのことが好きなのに、誰より一緒にいたいのに、うまくいかないんだろう。愛するって複雑で難しいことなのかな。こんなに切なく重たく悲しいほどに。
「でもそれだけじゃないの。あなたは女の子の世界の男の子だけど、心は男の子世界の女の子なの。私は男の子世界の女の子だけど、心は女の子世界の男の子なの」 僕は少し考えた。なんとなくわかるような気がする。僕は男だけれど、男の中の男というより、女の子の気持ちがわかるところがある。 「そしてね、そのあなたの中の女の子は、女の子の私が好きなんだよ」 雨の強くなる音が聞こえた。最近、季節外れの雨が多いなと思った。 「つまり、僕は同姓として君が好きなの?」 「そうだよ。そして私は私の中の男の子として君が好きなの。でも君の心は、本当は男の子じゃないから、私たちの思いはどこまでも一方通行なの」 「なるほど」
僕たちはまだ僕が声変わりする前から、彼女の胸が膨らむ前から一緒にいて、ごく自然に寄り添って過ごしていきた。僕は彼女が好きだったし、かわいいと思っていた。眠れない夜には一晩中電話をして、屋上に上がる階段でキスをした。でも僕らはある時点から大人になることができなかった。
周りからは早くに出会ったお似合いの二人として温かい目で見られていたけど、僕たちはよくわからない閉塞感の中で、じっとしていた。 それでも僕らはとても仲が良かったから、お互いの持つ違和感を打ち明け合って、何とか解決策を見出そうとした。 「男の子世界と女の子世界」について言い出したのは彼女だった。 この世界の男と女は、男の子世界と女の子世界に分かれていて、そのどちらにも男と女がいる。つまり
男の子世界の男の子と男の世界の女の子 女の子世界の女の子と女の子世界の男の子
傾向からいうと、男の子世界の男の子と女の子世界の女の子が恋をするのが自然だけど、この二つの世界は相反するから、基本的に分かり合うこともないし、争いさえ起きる。 同じ世界の男女でくっつくとうまくいくけど、世界は半分に分かれてしまう。 外見と心の性別が違う人たちもいるけど、この場合は心のほうを考えれば問題にならないかもしれない。 そして僕らのような複雑な場合もある。 「僕たちみたいな人たちもたくさんいるのかな?」 「どうかしら。普通は違っていたら一緒にいないんじゃないかな?」 「じゃ、どうして、僕たちはそれでも一緒にいるのかな?」
それは、一緒にいると思い出すからだ。 あれはどこだろう。よくわからないけど、目を閉じると見えるんだ。僕たちは子供みたいに抱き合って眠っている。暖かくて優しくて、肌触りの良い手足を自由に絡めてお互いの肌に触れている。 目を覚ました僕たちは男も女もなく、心も体も自由で、ただ自然だけが息づいているところで、戯れてすごしている。君は僕の半分で、僕は君の半分で、一つになることも入れ替わることも混ざり合うこともできる。反対に少し離れて見つめることもできる。手を差し伸べることもできる。まったく別の体を持って抱きしめることもできる。 愛とはそういうものではないだろうか。 僕たちはこの世界でぎこちない愛にこの身を収めるのではなく、このままじっとここで目を閉じて、いつかはそこへ行きたい。そこにいって、はじめてちゃんとお互いを見て、感じて愛し合いたい。と願っている。 いつか世界の区切りも分け目もなにもなくなって、きっともっと自由になれる。僕は君といるとそのことを思い出す。それは何より心地よい希望に思える。